花嵐

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「そうだったの?でも三度もあったんじゃ、それはもう偶然なんかじゃなくて運命ね。その風は、きっとあなた達にとって恵風(けいふう)だったのよ」 先生が風になびく髪を抑えながら言った。 あまり聞いたことがない言葉に、いち早く反応したのは彼女だった。 「恵風って?」 「恵みの風と書いて恵風と言うの。その字の通り、春に吹く暖かな恵みの風のことよ」 「へえ……、恵風か……すごく素敵」 国語教師らしさを余すことなく発揮させた先生に、彼女は上機嫌で頷いていて。 そしておれ達を、柔らかな薄紅の風が撫でていく。 おれは、この穏やかな光景は、まさしく恵風なのだと思った。 「さすが古典の先生。風流なことを言いますね」 感心とからかいを混ぜ合わせて告げると、おれよりも担任と親しかった彼女がクスリと笑った。 「風流と言えば、今思い出したけど、先生って、昔、風流なラブレターを出したことがあるんですよね?」 「え?……ああ、そんな話もしたことあったわね。よく覚えてたわね」 「すごく印象的な話だったから…」 二人の会話を眺めていたものの、というフレーズに聞き覚えがあったおれは、無意識のうちに、 「風流なラブレターって、どんなラブレターだったんですか?」 そう尋ねていた。 先生は少し面映ゆさを見せながらも、「確か…」と、記憶の引き出しを探っていく。 「”あなたは私の初桜でした”……だったかな?」 「―――え?」 聞き覚えが一文に、おれは一気に興味が溢れかえった。 ただの、偶然だろうか? 初桜なんて、今朝はじめて聞いたばかりの言葉がこんなにも早く再登場することが、本当に、実際に、普通に、あり得る話なのだろうか? けれど、おれの気持ちが前のめりに変わったことに気付かない彼女は、妙に得意気に訂正を加えたのである。 「ちょっと違いますよ。正しくは、”わたしの初桜は、先生でした。” です」
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