初桜

2/4
前へ
/29ページ
次へ
「………ういざくら?」 「え?……わっ、ちょっと!勝手に人の手帳見ないでくださいよ!」 「人から見えるところで手帳に記入する方が悪いだろうが」 「だってさっきまで誰もいなかったから!」 「そんなに人に見られて嫌なら、家で書けばいいだろう?」 「それはそうですけど……っていうか、これ、”ういざくら” じゃなくて ”はつざくら” って読むんですよ?まあ、”ういざくら” でも間違いではないし、そっちの方がなんか可愛い感じもするけど」 「へえ……はつざくら、か。それはそれは大変勉強になりました。でもどっちもはじめて聞いた気がするな」 「春の季語なんだって」 「ああ、それっぽいな」 「はじめて咲いた桜って意味らしいんですけど、やっぱり ”はじめて” って、いいですよね」 「そうか?俺は……初桜もいいけど、遅咲きの花の方が好きだな。なんかこう、じっくり寝かせてから開花するって感じがしてさ」 俺は、他愛もない世間話として、そんなことを言ったのだ。 相手はよく知る人物で、だからてっきり、えー、そうですか? なんて可愛らしいトーンの反論が聞こえてくるだろうと、勝手にそう思っていた。 けれど、少しの間があって聞こえてきたのは、彼女の笑うような吐息だった。 そして、 「それ、わかってて言ってるんですか?」 まるで呆れたような、拗ねたような、でも、どこか傷付いたような表情を見せる彼女に、俺はかすかにたじろいだ。 けれどちょっと迷ったものの、結局、 「何のことだ?」 と正直に返事したのだった。 すると彼女は「いえ、なんでもありません……」と首を振って、手帳をタン、と閉じた。 まるで、この話題の終了を告げるかのように。 その態度と、俺から逸らした横顔が、とても大人びて見えた。 ………そうか、彼女と出会ってからもうすぐ三年になるんだよな……… その大人びた横顔に月日の流れを感じてしまう。 「ま、とにかく気を付けて帰れよ」 俺はぽんぽん、と彼女の頭を軽く叩いて、その場を後にしたのだった。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加