花嵐

13/14
41人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
わたしの初桜は、先生でした――――― そこまで同じメッセージは、いったい、どれほどの確率で存在するのだろう。 いや、そんなに一字一句重なることなんて、よほどの奇跡に違いない。 もちろん、そんな奇跡が起こった可能性も、皆無ではない。 皆無ではないが、それでも今回は、その奇跡とやらではない気がしていた。 ちょっと調べれば、すぐに判明するのだろうから。 先生が、おれの父親の教え子であったことが――――― 「そんな細かいとこまで覚えてるの?」 「だって、そんな雅な恋文聞いたのはじめてで、当時ちょっと興奮しちゃったくらいなんですよ」 「……まさか今さらあの手紙を弄られるとは思わなかったわ」 苦笑いを浮かべる先生に、おれは確かめようと思った。 その風流な恋文の宛先は、おれの父親だったのかと。 けれど、 「あの……、先生……?」 「あ、ごめんなさい。もっと話してたいんだけど、子供が外出先でちょっと怪我しちゃったみたいなのよ。もう行かなくちゃ。今度ゆっくり会える時間を作るから、仕切り直してもいい?」 質問しようとしたおれを、先生の早口が遮ったのだった。 「もちろんですよ。こちらこそ、お休みの日にすみませんでした。お子さん、大丈夫なんですか?」 「平気平気。夫もついてるから」 「ああ!あの、元教え子の年下の旦那さん?」 「………本当によく覚えてるわねえ」 失笑を漏らした先生。 そのやり取りに、おれは、風流な恋文の真相を、果たして明らかにする必要はあるのだろうかと、ふと思い直した。 だって先生にも、おれの父親にも、家族がいるのだから。 懐かしいラブレターの行方や宛先、送り主などは、いちいちクリアにしても無粋なだけだろう。 仮に自分に置き換えて、婚約者である彼女が過去に書き記した恋文が見つかったとしたら、おれはそれを全力で歓迎することは困難なのだから。 おれは、ぐっと、追究心を飲み込むことにした。 やがて先生は、スプリングコートを器用に羽織り、「それじゃ、また連絡してね」と言い残して、足早に帰っていったのだった。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!