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わたしの初桜は、先生でした―――――
そこまで同じメッセージは、いったい、どれほどの確率で存在するのだろう。
いや、そんなに一字一句重なることなんて、よほどの奇跡に違いない。
もちろん、そんな奇跡が起こった可能性も、皆無ではない。
皆無ではないが、それでも今回は、その奇跡とやらではない気がしていた。
ちょっと調べれば、すぐに判明するのだろうから。
先生が、おれの父親の教え子であったことが―――――
「そんな細かいとこまで覚えてるの?」
「だって、そんな雅な恋文聞いたのはじめてで、当時ちょっと興奮しちゃったくらいなんですよ」
「……まさか今さらあの手紙を弄られるとは思わなかったわ」
苦笑いを浮かべる先生に、おれは確かめようと思った。
その風流な恋文の宛先は、おれの父親だったのかと。
けれど、
「あの……、先生……?」
「あ、ごめんなさい。もっと話してたいんだけど、子供が外出先でちょっと怪我しちゃったみたいなのよ。もう行かなくちゃ。今度ゆっくり会える時間を作るから、仕切り直してもいい?」
質問しようとしたおれを、先生の早口が遮ったのだった。
「もちろんですよ。こちらこそ、お休みの日にすみませんでした。お子さん、大丈夫なんですか?」
「平気平気。夫もついてるから」
「ああ!あの、元教え子の年下の旦那さん?」
「………本当によく覚えてるわねえ」
失笑を漏らした先生。
そのやり取りに、おれは、風流な恋文の真相を、果たして明らかにする必要はあるのだろうかと、ふと思い直した。
だって先生にも、おれの父親にも、家族がいるのだから。
懐かしいラブレターの行方や宛先、送り主などは、いちいちクリアにしても無粋なだけだろう。
仮に自分に置き換えて、婚約者である彼女が過去に書き記した恋文が見つかったとしたら、おれはそれを全力で歓迎することは困難なのだから。
おれは、ぐっと、追究心を飲み込むことにした。
やがて先生は、スプリングコートを器用に羽織り、「それじゃ、また連絡してね」と言い残して、足早に帰っていったのだった。
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