花嵐

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残ったおれと彼女は、相変わらず自由に吹いて通っていく恵風に、顔を見合わせて微笑んだ。 遠い昔、桜の花に寄せて記された一通の手紙。 それは、図らずも教えてくれてるようだった。 父も、先生も、そしておれも、を生きているのだと。 散り去っても、また花を咲かせる桜達。 そうやって幾度もの刹那を繰り返し、諦めずに、己を誇る。 その姿に、人はそれぞれ、何かを重ねて見るのだろう。 例えば人生の挫折。もしくは、叶わなかった恋心。 そして、届かないままに終わったかつての夢…… けれども、人生は、その後もさらに続いていくのだ。 花が散ったあとの、裸の枝を抱えたまま。 おれも彼女も、裸になってしまった枝にまた花を咲かせようと、必死だった。 咲いたあとは、もう散らさぬように、何かの拍子に散りかけたり、たとえ散ってしまったとしても、また咲かせられるように…… そんな気概を保ちつつ、また別の枝に、二人で一緒に新しい花を咲かせたりして。 そうやって、きっとこれからも、人生の彩り(いろどり)を加えていくのだ。 彼女と、二人で。 けれどおれには、まだ花を宿してない枝があるのだ。 いや、きっと誰もが、新しい裸の枝をいくつも持っているはずだ。 その枝を満開にさせて、また別の枝にも花を咲かせる努力をして、 そんな繰り返しを経て、それぞれの人生が絶佳(ぜっか)となるのだろう。 おれは、彼女と三度目の花吹雪を受けながら、心に誓った。 たとえまた散ってしまったとしても、おれは、絶対にもう一度、咲かせてみせる。 だってもう、おれ一人の枝ではないのだから。 おれの枝と彼女の枝とをあわせて、一本の大きな樹になるのだから。 だからもし、花が散ったあと、なかなか芽を出さなかったとしても、諦めない。 同じ花は無理でも、努力して…頑張っていれば、必ず、また違う花が、違うで咲くのだから。 舞い散る桜を、感慨深げに見上げている彼女。 おれはその手を、そっと握った。 飛び立った花弁達を潔く見送る桜の木に、また花を咲かせてくれよと、ひそやかなエールを送りながら……… 花嵐(完)
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