初桜

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三寒四温が冬の季語だと後輩に教わるまで、俺は今の頃の、春先に使う言葉だと思い込んでいた。 だって、日射しに汗をかくほどの気温になったと思えば、また真冬に逆戻りで、コートの厚さを保てない日が続くのだから。 それはともかく、今日は、晴れてよかった。 暑くも寒くもなくちょうどいい気温で、穏やかな気持ちでこの日を迎えられる。 俺はいつもより早めに出勤して、更衣室の鏡の前で身だしなみを整えた。 特別な日に着るスーツはそれだけで気持ちを引き締めてくれるが、朝から顔を合わせる人達が皆揃って「おめでとうございます」と言葉を贈ってくれるので、その都度しゃんと背筋が伸びる。 セレモニーは滞りなく過ぎ、涙と、笑い声と、いろんな感情が混ざり合った時間はあっという間に終わりの時を告げた。 時は有限。 今日はその言葉を嫌になるほど実感した一日だった。 ここで過ごした時間を、それぞれがどう捉えるのかはわからない。 長かった、 一瞬のようだった、 後になって思い返したときどう感じるかは人それぞれだろう。 けれど限りがある以上、やはりそれは儚いもののように思うのだ。 俺は窓の外に並ぶ桜の木を見遣った。 あそこにまだ花はないけれど、いつか咲いて、また散る、それだって相当儚い。 それなら俺は、やっぱり、最後まで咲いていてくれる遅咲きの花の方がいいと思ってしまうのだ。 いつか散ってしまうのならば、できるだけ、より長く、花を見つめていたいから……… 十年以上前に散ってしまった俺のサクラは、今はこうして、カタチを違えて俺の気持ちに寄り添ってくれているのだろう。 今の俺自身は、どうしても叶えたいと望んだ結果ではない。 平易な言い方をすれば、けれど、この職業も、今の生活も、そうそう悪くはないと思わせてくれるのだから。 帰り際、靴を履き替えようと靴箱を開けると、そこに、ぽつん、と手紙が入っていた。 年頃の女子がルーズリーフやノートをちぎって折ったような、少し凝った形のものである。 俺はそれを取り出し、駐車場に向かいながら何となく広げた。 だがそれは、ルーズリーフやノートの切れ端ではなく、きちんとした便箋だった。 中には、見覚えのある文字が桜並木のように行儀よく並んでいた。 ”わたしの初桜は、先生でした。” 無記名だったけれど、俺には差出人がすぐ分かった気がした。 細かい折り目のついたその便箋を元の形に戻すのはとても困難で、俺はただ普通の四つ折りにするしかできない……つまり、彼女と同じものを作るわけにはいかなかったけれど…… ふと見上げると、あの桜の木が目に入った。 俺は、まだ初桜も付いていない木の枝を見つめて、便箋を上着のポケットにしまい入れたのだった。 彼女の桜が、また花を咲かせることを祈りながら。 そしてその桜が、彼女に温かな幸せをもたらしてくれるように願いながら………… 初桜(完)
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