第二章 その四

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第二章 その四

 声をかけてきた女の子、だーれだ? それは薺奈ちゃんでした、ちゃんちゃん……ってそんなオチをつけている場合じゃない! 「や、やあ後輩ちゃん。こんなところで会うなんて奇遇だね!」 「学年は違えど学校は同じっすし、別に奇遇でもなんでもないと思うんすけど。……と・こ・ろ・でぇ! なーに一人でぶつぶつ言ってたんすかぁ? プレゼントがど―とか」  やっぱり聞かれてたか、独り言。……うわ、すっごい恥ずかしい! 「ぷ、プレゼント? そんなこと言ったかな? あ、あー言ったかもね。うん言った言った、言ったかもしれないな。いやいやしかし後輩ちゃん。だからといって別に後輩ちゃんが何か気にするような事でもないのさ」 「いやー、ウチも最初はなんのこと言ってんのかは分かってなかったんすけどぉ――」  そう言ってグググイと詰め寄られる。  ……薺奈ちゃん、とてもいい笑顔だ。こう、嫌な予感がするような笑顔。 「――でも、先輩がなぜか焦りだしたんで、とぉっても面白い予感がするっす!」  ……自滅! 「ほらほら先輩! プレゼントがどーしたのか……あっ、もしかしてウチにくれるとか!」 「お――おぅッ!? えーいやっ! そ、そのー……あ、あははははは!」  嘘だろ、何故ばれたんだ!? ――いや違う、これは! 「なんすかその反応。まるで図星の…………って、え? マジっすか?」  引っかけ! 鎌をかけた……というより、いつもの通りからかっていただけか!  くっ、自分の迂闊さが嫌になる。さすがにここから薺奈ちゃんを誤魔化すのは不可能に近いぞ。  いっそのこと今すぐ尻尾巻いて逃げ出したいけれど、それをしたら薺奈ちゃんからの好感度が地の底を這うどころか突き抜けてしまう恐れがある。それだけは絶対にダメだ。  だったらもう、正直に言うしかないか?  プレゼント作戦で好感度を上げて、薺奈ちゃんを彼女にしようと企んでいる、って正直に……いやそれもう告白じゃねぇか! 出来るか! 「何かなー、何かなぁー? せーんぱい、早くちょーだいっす!」  本心を明かすのは論外。どうにかほかの方法で切り抜ける必要があるわけだが……どうも薺奈ちゃん、今この場で俺からプレゼントがあると思っているっぽいぞ。  これは好都合。下手に言い訳を考えなくても、薺奈ちゃんにプレゼントをするだけでこの場を丸く収められ――――計画が前倒しになっただけじゃんかッ! 余計に追い詰められたわ!  ただでさえ贈り物を何にするかで悩んでいたというのに、もろもろすっ飛ばして最終局面まで進んでしまった。ノー勉で試験当日を迎えてしまった時のような、いやそれ以上に崖っぷちに立たされている気分だ。  出来ることなら納得がいくまで考え抜き、きらりとセンスの光るものを渡したいところだがそうも行かない。あまり時間をかけすぎると薺奈ちゃんに不審に思われてしまう。 「べ、別にプレゼントと言うほどたいそうな物じゃなくて、えっと――」  何か、何かないか! 薺奈ちゃんにふさわしい素敵なプレゼント……いやこの際、物はなんでもいい! とにかく渡せそうなものを!  何も渡さないでうやむやにするよりも、なんでもいいからプレゼントをした方がいいはず。そんな一心で逸る気持ちを抑え、急速で思考を巡らせる。  くっ、やはり現金しかないか? ――いや待て、それよりもこっちの方が…… 「そう、これはただ何となく後輩ちゃん欲しがるかなーって思っただけで――」  そうして何とかひねり出した閃きを、正しいのか間違っているのか判断する余裕もないまま実行に移す。  イメージするのは、俺の前で演じてくれた彩芽の姿。  じらすように少しもったいぶって、だが大胆な仕草で。  それっぽい雰囲気を醸し出せていると思い込み、俺は後ろ手に隠していたそれを前に持ってきて――― 「だから、こ、こ……これを君にあげよう!」  そっと、飲みかけの紙パックジュースを差し出した。  …………やっちまったぁ。 「えーっとぉ……これはさすがのウチでも、予想外のプレゼントっすねぇ」  首をかしげ、引きつった笑みを浮かべる薺奈ちゃん。狙ってやったわけじゃないけど、なんか初めて薺奈ちゃんの意表をつけた気がする。 「で、先輩はこれをウチが欲しがると思ったと……」 「ごめん待って。本当に待って後輩ちゃん。これは本当に違うんだよ。止むに止まれぬ事情があったと言うか……」  テンパっていたとはいえ、よりにもよって誤解しか生まないような物を渡してしまうだなんて。どう考えても間接キスを狙っているとしか思えないチョイスだ。  いや確かに薺奈ちゃんと間接キスをしたいという下心もあるが、一つ思い出してみて欲しいことがある。あの紙パックはもともと彩芽の物であるということだ。だから薺奈ちゃんがストローに口をつけたところで、それは俺との間接キスにはならない。ただ目の前で薺奈ちゃんと彩芽が間接キスをするという奇妙な光景を見せつけられるだけである。 「んもー、先輩ったらぁ! 飲みかけのジュース渡すなんて、ヤぁらしー」 「ぐはぁッ!」  ヤぁらしー、ヤらしい――いやらしい【嫌・らし―い】性的に露骨で不潔な感じ。  ふ、不潔……変態認定……。勘違いなのに、俺の飲みかけじゃないのにっ……。  それは彩芽の紙パックだって説明すべきか……いや、それはそれでおかしな誤解をされそうだな。 「可愛い後輩としてはサービスしてあげたいところっすけど、もう昼休みも残り時間僅かなんで諦めてくださいっす。それじゃ先輩、また放課後に!」  薺奈ちゃんは紙パックを俺に返すと、手を振りながら走り去っていく。背中が見えなくなるまで見送って、ヤぁらしー呼びを返上することも出来ずがっくりとうなだれる。  結局、終始薺奈ちゃんに翻弄されるがままであった。  プレゼント作戦。それは気持ちを形にして伝えること……つまり俺の気持ちは紙パックの形をしているってことになってしまったのか?  急遽発生した今回の作戦だが、その結果は言うまでもなく大失敗。  手元に残った紙パックからストローを抜き取り、上部の注ぎ口を乱雑に開く。授業開始のチャイム音をBGMに、やけくそに中身のピーチ水を一気飲みした。  …………やっぱ俺は、ピーチ水よりマスカット水派だな。
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