第四章 常盤薺奈は知っている

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第四章 常盤薺奈は知っている

「えーと……『話があるんだけど、今日一緒に帰らないか』……送信、っと」  廊下を歩きながら、メールよりも手軽にメッセージを送り合えるトークアプリに打ち込んだ文字を声に出し、おかしな部分がないことを確認して送信する。なんてことないやり取りでも、相手が女子だとそれだけで妙に緊張してしまうのは俺だけだろうか。  変に気合の入った長い文章にしたら『がっついてる』って思われそうだし、かといって逆にそっけない短い文章にしたらしたで『かっこつけてクールぶってる』って思われそうで。  実のところ、女の子に直接話しかけることよりもメールを送る方が、俺にとっては勇気が必要な行ないだったりする。  だってメールって数ある選択肢の中から誰に送るかを自分で選ぶわけだし、それで送った相手になんて思われるか、顔が見えない分より不安が大きくなる。  ……なるよね? これも俺だけ? 「――それにしても」  目的地のとある空き教室の前で足を止め、学年もクラスも何も書いてない、まっさらなプレートを見上げて呟く。 「もうちょっと長い期間様子を見てくれてもいいのに、先生も急だよなぁ……」  そんな独り言に何か反応が返ってくるわけもなく、ちょっとだけ感じた寂しさを誤魔化すように、軽快にドアを開けた。  ○  あの夢のようなお買い物デートから数日。  ……まあデートというのも俺が勝手にそう言い張っているだけで、実際には店を見て回る薺奈ちゃんの後ろをただついて回るだけだったそれを、はたしてデートと言っていいのかは怪しいところではあるが。  しかし実態はどうあれ、男女が一緒にプライベートな時間を過ごしたというのも事実。それを踏まえれば、俺は薺奈ちゃんとデートをした……そう思いあがってしまうのも、あながち間違っているとも言い切れないであろう。  それはさておき、そのデートの前。  あの時どうして俺が女の子の服しかない店にいたのか、そう言えば薺奈ちゃんにきちんと言っていなかったなと、つい先ほど思い出したのであった。  ――へー、先輩って妹がいたんんすね。  妙な誤解をされないようにと『あの日は途中まで妹と一緒に買い物してたんだよね』なんて念のためにした説明の、最初の反応はそれだった。 「あれ? 知らなかった? 後輩ちゃんと同じ一年生なんだけど」  放課後、つまり部活動の時間。  活動しない部活動ことテーブルゲーム部の部室での一幕。  トランプの山を適当にシャッフルしていた俺は、その質問に質問で返した。  ……というか、同じ学年どころか、同じクラスだった気がするんだけど。薺奈ちゃん確か一組だったよね?  でもそのことを自分から口にしたりはしない。なぜなら薺奈ちゃんが俺の名字を覚えてない、なんて悲しい事実が発覚してしまいかねないから。  だからあくまでも、薺奈ちゃんは妹の顔を思いついていないだけ、という態で話を進める。 「分かんない? ほら、肩よりちょっと長めの髪で、ちょっと赤みがかっててさ。んでこう、ところどころ跳ねてんの。それで顔は、俺をたれ目にして女の子っぽくした感じなんだけど」 「んー…………あぁ! 奏恵ちゃんっすか! あのちょっと照れ屋な感じの!」  正解だけど……照れ屋? 奏恵ちゃんが?  どちらかというと、殺し屋のような冷酷な目をたまに向けられているんだけど。 「先輩って誰かに似てるなーってずっと思ってたんすけど、やっとすっきりしたっす! 奏恵ちゃんに似たんすね」 「うん、逆だね。俺に奏恵ちゃんが似たんだよ。ほら、一応俺の方が先に生まれた、お兄ちゃんだからさ」 「そう言えば先輩も『紗倉』って名字だったっすね」 「その事実確認は口にしなくていい!」  バン! と机にトランプをたたきつけ叫ぶ。やっぱ覚えてなかったのかよ。  たたきつけた衝撃で散らばったトランプを集め、もう一度シャッフルしなおす。というか、奏恵ちゃんってば薺奈ちゃんから名前で呼ばれているのか。俺なんて名前で呼ばれないどころか、名字すら忘れられていたというのに。  なんかズルいな。いやまあ女の子同士だからっていうのもあるんだろうけどさぁ。 「ところで先輩、さっきから何やってんすか?」  トランプを一枚一枚裏向きで並べていると、そんな質問が薺奈ちゃんから投げかけられた。やれやれ、ようやく聞いてくれたか。 「見てわかるだろう後輩ちゃん。トランプをね、並べてるんだよ。ご覧の通りに」 「そーゆーこと聞いてんじゃないんすけどね……その理由の方を知りたいんすけど。手品でも見せてくれんすか?」  手品か。それも悪くないけど、残念ながら俺って手品出来ないんだよね。  裏向きに並べられたトランプといえば、手品よりもう一つの方を思いつきそうなものだけど。 「さあ後輩ちゃん、神経衰弱やろうか!」 「……あの、結局意味わからないままなんすけど」  爽やかなアルカイックスマイルを意識してみたけど、手応えないどころか白けた目を向けられてしまった。 「大体なんで神経衰弱なんすか」 「おいおい後輩ちゃん、ここまで言っても分からないのか? まさか俺達が何部だったのか、忘れたなんて言わないよな」  仕方ない。ここは俺の口から説明してあげないとだな。それが部長としての役目というものだろう。 「さあ後輩ちゃん。部活動の時間だ」 「しょ、正気っすか先輩っ! ウチらが部活するなんてテーブルゲーム部の名折れっすよ!」  いや、本来活動してないほうがおかしいんだけどね? これでも一応部活なんだし。 「安心したまえ後輩ちゃん。我が部に折れるような名などない」 「ウチが何のためにここに入部したと思ってんすか先輩!」 「放課後は自由に遊びたいからでしょ? この学校、部活の所属が強制だもんね」  俺だって同じ理由でここに入ったんだ。薺奈ちゃんの気持ちはよくわかる。 「でもね後輩ちゃん、これにはきちんと理由があってさ。活動しないってポリシーを曲げてでも活動する理由が」  部活には絶対所属しなければならない、という校風故の特徴だろうか、この学校には相当数の部活が設立されている。しかも生徒自ら新しい部を設立することも推奨されているため、部の数は年々増えていく一方だ。  ここで問題になるのが、顧問の存在である。端的に言って、部活の数に比べ顧問となる先生の人数が足りないのだ。一人でいくつか顧問を掛け持ちしている先生もいるが、それでも限りがある。  その問題を解決するため、『部として機能していない』と見なされた部活は一定の期間様子を見て、改善されなければ廃部を言い渡されてしまうのだ。 「――というわけで今日、顧問の先生がこの部の様子を見に来るらしい」 「大問題じゃないっすか」 「ああ。そしてお察しの通りこのテーブルゲーム部、廃部を免れる要素が一切ない。でもテーブルゲーム部なんだから、テーブルゲームをしていれば誤魔化せるかもしれないだろ? そのための神経衰弱ってわけ」 「なるほど、背に腹は代えられないってやつっすね」  事の重大さを理解してくれたらしく、薺奈ちゃんは納得の表情を浮かべる。この部をなくしたくない気持ちは俺と同じなわけだし、そのためなら薺奈ちゃんだって部活動の一つや二つくらいこなして見せるだろう。二人力を合わせれば、どんな困難だって乗り越えられる。そう、例え廃部の危機という困難にだって――!  ――まあ、嘘なんだけど。  悪いな薺奈ちゃん。今日顧問がこの場に現れることはない。あれは俺が君と神経衰弱をするためだけに言った、嘘なのだよ。  満を持して今回の作戦を発表しよう。ずばり『絶対強者作戦』である。簡単に言えば、強い男を演じて惚れてもらおうと言うわけだ。  古今東西、生物というのは強き者に惹かれやすい傾向がある。特に自然界においてそれは顕著であると言えよう。  憧れを、尊敬を、栄誉を、畏怖畏敬を……強者は欲するがままに手にすることが出来るのだ。  人は強者に惹かれる。それはきっと、薺奈ちゃんも同じであるはず。  薺奈ちゃんを彼女にするために必要なこととして、絶対に達成しておかなければならない条件がある。それは『告白が成功させるために、薺奈ちゃんからの好感度を上げる』ということだ。早い話が俺に惚れてもらうこと。  もちろんそう簡単にいくとは思ってないけど、塵も積もれば山となるというように、何事も積み重ねていけばいつか目標に届くというもの。手始めにゲームで圧勝するカッコいい姿を見せようと言うのが、今回の俺の作戦だ。……それは本当に強者か? ただ大人げないだけでは?  ……ま、まあそれについては後々考えるとして。  とにかく、そのための神経衰弱である。 「それじゃ、いつ先生が来るかもわからないし、早速始めよっか。後攻は後輩ちゃんにあげるよ。俺は先輩だからね」  捲ったのはハートの4とスペードの8。もちろん、同じ数字ではない。同じ数字ではないが……狙った通りの数字だ。  ペアを作ることは出来なかったので、手番は薺奈ちゃんへと移る。  思い描いていた通りに進む展開に、つい笑ってしまいそうになるのを堪えながらトランプを裏向きに戻した。  俺がやっていることは単純明快。ガンカード……つまりイカサマだ。  現在使用しているトランプ。これはこの部室――もとい空き教室に置きっぱなしにしていたものだが、新品ではないので当然のことながら小さなキズや汚れがついている。  そこで俺は思いついた。  これ、目印にすれば数字を判別出来るんじゃね? ――と。  それから数日ほど時間を費やしてようやくいくつかのトランプは見分けられるようになり、だいたい半分くらいどれが何の数字なのか判別できるようになったのだ。  むろん、本来であれば全部のトランプを見分けられるのが理想だが、それでも半分も数字が分かれば有利であることに変わりない。  ……正直、こんな卑怯な手を使わなければ勝つ自信がないのは、情けない限りではあるけど。でも、それは仕方のないことなんだと言い訳させてほしい。今まで何回か薺奈ちゃんとトランプで遊んだことはあるけど、勝ったためしがないのだ。  だから一度だけ、たった一回の勝利を得るためだけに、今回は先輩ながらズルをさせてもらう。 「お、ラッキー! 8揃ったっす。じゃ次は……あー、5と6っすか。おっしぃー」  ふむ、いきなりペアを作ってくるとは……さすが薺奈ちゃん。やはり一筋縄ではいかないということか。だがそれも重々承知していること。焦る必要はない。このイカサマがある限り、俺の勝利は揺るがないのだから。  勝負はまだまだ始まったばかりだが、少々本気を出させてもらうとしよう。油断も慢心もなく、ただ貪欲に勝ちに行く。  ――今日こそ勝たせてもらうぞ、薺奈ちゃん!
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