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第四章 その二
……あ、あっれぇー……?
「およ、また揃ったっすねぇ。これで三回連続。いやぁなんか今日はツイてるっす」
ツゥ――と額から冷や汗が流れる。一回の手番で六枚もトランプを獲得した薺奈ちゃんの手元には、小さなトランプの山が出来上がっていた。
本日四戦目の神経衰弱にて、俺は予想だにしない大苦戦を強いられていた。
……いや、苦戦というなら、最初からすでにそうだったか。
一戦目――負け。あまり使いすぎるとイカサマがばれると思って出し惜しみした結果、不覚にも普通に負けた。
二戦目――勝ち。しかし今度はきちんとイカサマを活用したにもかかわらず、六枚差という接戦にまでもつれ込む。
三戦目――勝ち。もはやなりふり構っていられないと、ばれること覚悟でイカサマを乱用するも、二枚差というさらに差を縮められる結果となる。
そして今回の四戦目。机の上に残ったトランプは数えられるほどとなり、勝負は終盤に差し掛かっているようにも見えるが、実はまだ序盤も序盤。たった二回の手番で、薺奈ちゃんは半分近いトランプを掻っ攫っていった。
お、おかしくないか? 何でイカサマしてるのに圧勝できないんだ? 戦績こそ二勝一敗、一応勝ち越しているけど、これは勝っていると言えるのか?
「あー残念、3と7っすね。ここでハズレっすかー。さ、先輩の番っすよ。……って言っても、もうウチの勝ちはほぼ決まったようなもんっすけどね~」
くっ――ば、バカにしやがって! 見てろ見てろよ! 残っている枚数は半分とちょっと、つまりここから全部取れば俺の勝ちになるんだ!
もう判別可能なガンカードは少ししかないけど、こうなったら男の意地ってやつを見せてやる!
「ま、まずは9のペアと2のペア! そ、それからえっと……これと、これ! あ、あとは……こ、これと……えっとえっと――」
「――ところで、先輩」
「なんだい!」
必死の思いでトランプをめくっているところに、薺奈ちゃんが囁いてくる。
もしや俺の集中力を乱そうって作戦か? だがちょっとのことでこの集中が切れてしまうなんてことはない!
「さっき先輩が言ってたことなんすけどぉ」
えっとK(キング)は確か――これか……? よ、よし、正解! 次!
「今日、顧問の先生が来るって言ってたじゃないっすかぁ」
く、ここで7だと!? もう見分けられるトランプは残ってないっていうのに……いや待て、7っていえば、さっき薺奈ちゃんが捲ってたはず!
「この神経衰弱をやる理由になったあれなんすけど……」
ど、どれだっけ? 確かこれだったような気が――――
「あれ、嘘っすよね?」
「――――え?」
祈るように捲ったカードは、残念ながらハートの3。
薺奈ちゃんが捲ったカードではあるが、ハズレの方だった。つまりこれで手番は薺奈ちゃんに移るわけだが――あれ?
薺奈ちゃん。今なんて言ったの?
「実は今日、たまたまあの先生の授業がある日だったんすよぉ。でもぉ、出張らしくて自習だったんすよねー」
「……う、うん……」
「それでぇ、そんな先生が、部の様子を見に来るなんておかしいじゃないっすかぁ」
「……そ、そうだね……」
ば――バレバレじゃないか!
なんでよりにもよって今日出張なんか行ってんだあの先生!
「っと、先輩が外したんでウチの番っすね。まあちゃちゃっと終わらせるっすかねー」
これとこれでー、それからこれとこれでー、と薺奈ちゃんは目の前で次々とトランプを捲ってペアを揃えていく。
まるでどのトランプがどの数字なのか把握しているような、迷いのない動きだった。
「んで最後がこれ! いやー、なかなか白熱したいい勝負だったっす!」
最終的に計四十枚を超える紙束を手にした勝者から、ナイスゲームとサムズアップを送られる。
国によっては侮蔑の表現としてとらえられるそのジャスチャーは、まさに嘘をつきイカサマまで使用した俺に向けるのにふさわしいグッドサインであった。
「こ、後輩ちゃんがここまで神経衰弱だ得意だったとは知らなかったなぁ。こ、これでも全勝する自信はあったんだけど、まさかこんなにも大差で負けるとは……」
圧勝してカッコいい姿を見せるはずだったのに、逆にこうも無様な姿を晒す羽目になるだなんて……!
あまりの悔しさに、つい言い訳がましいセリフを言っちゃったよ。
「いやいや、ウチが勝つのなんて当たり前じゃないっすか」
前から思ってたけど、この子って結構俺のこと舐めてるよね。別に、俺自身でも自分のことを尊敬できる先輩だとは思えないからいいんだけど。
「だって、どのトランプが何の数字か全部分かっているのに負けるわけがないっすもん」
「むむ、なるほど、それもそうだ――ん? 後輩ちゃん、今なんて? 全部の数字が分かってたって言った……?」
「ほら、このトランプって結構キズとかがついてるじゃないっすか。こんなのあったら全部のトランプを見分けるくらいよゆーっすよ」
「あ、そう……全部、ね……」
俺は頑張っても半分しか覚えられなかったんだけどなぁ……。
つまりあれだ、イカサマでも薺奈ちゃんは俺の上を行っていたわけか。どおりで今まで薺奈ちゃんにトランプで勝てないはずだよ。だって全部分かってんだもん。
「ふ、ふふ、ふふふふふ……完敗だよ後輩ちゃん。さすがと言う他ない」
「いやぁ、それほどでもないっすよぉ。むしろ、そんなウチに二回も勝っちゃう先輩の方がさすがっす」
やめてくれ薺奈ちゃん。勝負に負けた上にこうも奮闘を称えられると、惨めな感じがより際立っちゃうから。
「ところで先輩。一つ聞きたいんすけど」
「なんだい後輩ちゃん。なんでも聞いてくれたまえ。敗者は勝者の言うことには絶対だ」
聞きたいことってなんだろう。あれかな、俺もイカサマしてたって気づいてたのかな? それとも、もっと別のこととか?
なんにせよ、完膚なきまでに敗北した身としては勝者からの要求は飲まねばなるまい。
「なんで顧問が来るとか嘘ついてまで、ウチと神経衰弱やりたかったんすか?」
「さ、さーて後輩ちゃんっ! もういい時間だし今日の部活はここまでにしようかぁっ!」
前言撤回! いやほら、口が裂けても言えないことってあるじゃん? それだよ。
「えー、なんで誤魔化すんすかぁ。教えてくださいっすよー」
「ご、誤魔化す? さ、さぁ? 何のことやら……」
カッコいいとこを見せたかったから、なんて正直に言うわけにもいかないので、あれやこれやと必死に言い訳を考える。
しかし薺奈ちゃんを言いくるめられそうなものはそう簡単に思い浮かぶはずもなく。やれしまったどうしたものか……とそんな時、キンコンカンコンとタイミングよく最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴り渡った。
……言い訳できないなら、後はこれしかないな。
「と言うわけで後輩ちゃん! すまないが俺は急用を思い出したので先に失礼するよ! そ、それじゃあまた明日ね!」
「あ、ちょっと先輩! 待つっすよー!」
逃げるは恥と言うけれど、ここは戦略的撤退とでも言っておこうか。引き留めようする薺奈ちゃんの声を背に部室から脱走する。
……都合が悪くなったら逃げ出すなんて所業、好感度的にはマイナスにしかならないと少し考えれば分かることだ。
しかし『嘘をついてまで神経衰弱をしようとした理由』を隠すことしか頭にないほど慌てていた俺に、そこまで思い至ることは出来なかったのであった。
ようやく自分がやらかしたことに気づいたのは、既に自分の教室へと戻ったころのことだ。
「……うっわぁ……」
思わず自己嫌悪でしゃがみこむ。
教室には自分以外に人はいないが、もし他に誰かいたら、その人たちはどんな目で俺を見ていたことだろうか。そんな周囲からの視線を気にする余裕など俺にはなく、ただ先ほどの部活中の自分を振り返ってポツリ。
嘘ついて、イカサマして、挙句の果てには逃げ出して――って、
「……最初から最後まで、ただの最低野郎だったんじゃね? 俺……」
今回の『絶対強者作戦』の結果……言う必要あるか?
とりあえず一言述べるなら……こんなことやらなきゃよかったよ。
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