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第一章 その二
「ええい次だ次! 次の質問!」
まんまと薺奈ちゃんのあざとポーズに敗北した俺は、やけくそ気味に話を逸らそうと声をあげた。
「もー、拗ねないでくださいっすよ先輩。こっからまじめにやるっすからぁ」
それなら初めからまじめにやって欲しい限りだが、しかしこのからかい交じりのやり取りすら、薺奈ちゃん相手なら歓迎に思っている自分もいるので言わないでおく。
「えーっと、そんじゃ次っすけど、先輩の目的ってなんなんすか?」
「……ん? 目的って……だから彼女を作ることなんだけど」
「それはそーなんすけど、そーゆ―ことじゃなくてっすね。つまり先輩は、彼女が欲しいのか女子にモテたいのか、どっちなのかなぁーって」
ど、どういう意味だろう。女の子にモテるから彼女が出来るんじゃないの? 現に、今俺に彼女がいないのはモテないからだと思ってたんだけど。
「その二つって何か違うの?」
「全然違うっすよ! 先輩のあんぽんたん!」
「あんぽんたん!?」
「要するに、モテなくてもいいから彼女が欲しいのか、それとも彼女を作るのに困らないくらいモテモテになりたいのかってことっすよ! んで、どっちなんすか?」
「な、なるほど……?」
いやなるほどなのか? いまいち要領を得ないけど、薺奈ちゃんの熱弁振りを見るにどうやら大事なことらしい。
しかしこうして考えると悩ましいな。どちらも捨てがたく思えるぞ。モテモテになりたいっていうのは男なら一度は夢見ることだし……でも……。
「モテなくてもいいから彼女が欲しい……かなぁ」
俺の目標は、モテモテになることじゃなく薺奈ちゃんを彼女にすることだから。
「ふんふん。つまり先輩には好きな子いる……っと」
「ぶっ――は、はぁっ!?」
どうして今の問答でそこに繋がったんだ。いきなり核心に触れてきたから思わず吹き出しちゃったじゃないか。
「いや、いやいやいやいやいやいやっ、ちょっと待とうか後輩ちゃん。その、それはあまりにも想像力が豊かすぎやしないかい?」
「でもぉ、先輩の言い方だとそうとしか聞こえないっすよ? モテなくてもいいから彼女が欲しいって、それ完全に彼女にしたい特定の誰かがいるじゃないっすか」
「そうっ、かもしれないけど、それはさぁ……! いや違うんだって!」
まずい。かなりまずい。
このままだと、最終的にその特定の誰かが薺奈ちゃんであることまで暴かれてしまうかもしれない。もしそうなったら最後。あとはフラれる未来しか見えない。
「落ち着こう後輩ちゃん! 早まってはいけない!」
「何言ってんすか照れちゃってぇ。正直になるっすよ、せーんぱいっ」
「だ、だから違うって! 好きな人がいなくても、モテることより彼女を作る方を優先する人は絶対いるって! ほら、彼女がいるって特別な感じがするでしょ!?」
そうそう、彼女を持ってるっていうのは特別なんだよ。
もし仮に俺が薺奈ちゃんに惚れてなくて本当に好きな人がいなかったとしても、モテることより彼女を作る方を選んだだろう。
「んんぅ、特別……っすか。うーん、いまいち先輩の価値観がわかんないんすよねぇ。そもそも、好きな人がいないのにどうして彼女が欲しいんすか?」
しかし薺奈ちゃんはこの答えがお気に召さなかったらしく、やや不満げな様子だ。
……困ったな。その場を誤魔化すための言い訳として軽い気持ちで言っただけだから、俺自身上手く言葉にして説明できないぞ。
「なんて言ったらいいかなぁ。それっぽい感情を挙げるなら、憧れみたいな感じなんだよね」
「憧れ? 彼女を作るのが?」
「そうだなぁ……もっと言えば、『好きな人と付き合う』ってことにかな」
もちろんモテたいという願望はある。俺だってみんなからキャーキャー言われるアイドルのような扱いをされたいって思ったりする。
けどそれ以上に、一人の女の子を好きになって、そして恋人関係になる方が俺は憧れるし、特別に思える。
「人に告白することは『その人のことが好き』って証明することで、人と付き合うことは『その人のことを他の誰よりも大事に想う』って約束すること……み、みたいな? そ、そんな感じ?」
うぉぉぉ……か、顔が熱い……なんかすごい恥ずかしいこと言った気がする……。
「お、思っていたより先輩がロマンティックな考えで驚いたっす……。ちょ、なんで言ったそっちが恥ずかしがってんすか! やめてっすよ! なんかこっちまで恥ずかしくなってくるじゃないっすか!」
いや俺の方が絶対恥ずかしいって。なんたって好きな子の前でこんなこと言っちゃったんだからね。
これでもし薺奈ちゃんに告白した時に『ウチのこと、誰よりも大事に想うって約束したいんすかぁ?』なんてからかわれたら羞恥心で死ねる。
「でも正直、先輩の言ってることってあまり分かんないんすよね。というのも実はウチ、今まで好きな人とか出来たことないんすよ。だからあまり想像できないと言うか」
「へ、へぇ。そうなんだ」
いや分かんないなら分かんないでいいんだけどさ。俺だってよく分かってないし。
でもそっか、薺奈ちゃんって好きな人いないんだ……実は俺のことが好きって可能性を期待していただけにちょっと残念だけど、他に好きな人がいるってわけでもなくてホッとした。
「まぁ先輩が彼女を欲しがる理由は分かったから、それでいいっす。ほんじゃ、一応先輩には好きな子がいないってことで話を進めるっすけど」
「一応じゃなくてね。確定事項ということでお願いしたいんだけど」
「はいはい。でもそれなら、どういう子を彼女にしたいか考える必要があるっすね」
ここで『彼女にしたいのは薺奈ちゃんみたいな子だよ』なんて言うことが出来たなら、苦労することなく彼女が出来ていたのだろうか。あ、でも俺にそこまでの度胸はなかったわ。残念。
「好きな子とまではいかなくても、好みのタイプとかはないんすか?」
「好みのタイプか……う、うーん、そう聞かれてもパッと思いつかないんだよなぁ」
「そんなに難しく考える必要はないっすよ。例えば実家がお金持ちの子がいいーとか、有名人と知り合いの子がいい―とか」
「待ってくれ後輩ちゃん。俺ってそんなに俗物的な人間に見える?」
「例えっすよ例え。それじゃっ先輩の好みのタイプ、言ってみよー!」
薺奈ちゃんめ、随分とノリノリじゃないか。俺は結構真剣に悩んでいるというのに、さては面白がってるな? けどまぁ、嫌々相談に乗られるよりかは断然ましか。むしろ乗り気なのはありがたい限りだ。
えーとそれで、俺の好みのタイプだったな……なんだろう、こんな相談をしておいて今更って感じもするけど、好きな子に向かってこういうことを言うのも恥ずかしいな。薺奈ちゃんがタイプだってぶっちゃけて言うわけにもいかないし……。
ひとまず、当たり障りのない回答で誤魔化しておこう。
ここで『可愛い子』とか『スタイルがいい子』とか言って、容姿で人を選ぶタイプだと思われるもの嫌だから、やっぱここは無難に……。
「……や、優しい子……とか?」
「うわ出た、そーゆーの」
あ、この反応、なんかダメっぽい。
「よくいるっすよねー、そんなありきたりで個人差のある、不確かな物を理由にする人。好きな人の好きなところを『優しいところ』なんて、無難な答えで誤魔化しているだけっす。絶対それ他に思いつかないから適当に濁しているだけでしょって感じっす」
誰かを『優しいところ』が理由で好きになったたくさんの人たち、心の底からごめんなさい。俺のせいで薺奈ちゃんからこんなにもボロクソに言われてしまって。
「もっとこう、他にないんすか? もうちょっと具体的に、例えば仕草とか見た目とかでこういう子がいいって」
仕草か……うん、それならやっぱり……、
「……笑顔が似合う子、とか?」
「おっ、さっきよりマシっすね。他には?」
「うーん、おとなしいというより明るい子とか……」
「ほうほう、それでそれで?」
「背は俺と同じくらい、いや少し低いくらいとか……」
「ふむふむ、さらにさらに?」
「髪は黒より茶色系で……」
「なるほどっす。大体わかったっすよ!」
ほう、さすがだぜ薺奈ちゃん。今言ったことだけの情報でいったい何が分かったっていうんだい?
さあその答えを聞かせてもらおうじゃないか。
「――ずばり、先輩はウチみたいな女子が好きなんすね!」
油断していたらとんでもない爆弾が放り込まれた。
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