第二章 翠泉彩芽は慣れてない

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第二章 翠泉彩芽は慣れてない

 もしかすると、俺はモテないだけでリア充なのかもしれない。  薺奈ちゃんの攻略難易度の高さを再認識した放課後から数日。  肌を突き刺すような、煩わしい夏属性の太陽光線から身を隠すように木陰へ避難し、のぼせた頭にふとそんな考えが浮かぶ。  おいおいついに暑さでおかしくなったか、夏はまだまだこれからだぞ、あいつはもうダメだ――なんて、友人に聞かせたらそんな心無い暴言が返ってきそうだ。その時は拳で語り合おうと思う。  まあそんな友人共の戯言はさておき。自分が今どんな状況であるかを考えれば、自分がリア充である推論はあながち間違っているとも言い切れないのではないかと思えてくる。  時刻は昼十二時半過ぎ。小さな中庭に面した渡り廊下の、木から伸びる影により臨時避難区域が出来上がった隅っこの方。そこに腰を下ろし、食堂へと急ぎ足で向かう生徒たちをしり目に女子と隣り合って弁当箱を広げる…………。  そう。女子と二人で昼食をいただいているのだ。  女の子と、中庭(渡り廊下)で、二人で一緒に、弁当を。  恋愛系漫画やギャルゲーでよく見るシチュエーションである。しかもその登場人物の大体がリア充。ならばそれと同じ状況である俺も、等しくリア充であると言えるのではないか? 彼女がいなくて女の子にモテないという致命的な要素に目をつむれば、俺はまさしくリア充そのものなのではないか?  なあ、お前もそう思うだろ? 「はあ? おいおいついに暑さで頭がおかしくなっちまったのか? 夏はまだまだこれからなのに。もし奏汰がリア充なら、アタシなんてスーパーリア充になっちまうぞ」  どんな超理論でそんな『もし』が出てきたのやら。隣に座るスーパーリア充様こと翠泉彩芽は、呆れたような目でこちらを見てきた。……なんだか最近そんな目を向けられてばかり気がする。  問題。一緒にご飯してくれる女の子、だーれだ?  答え。それは彩芽でした、ちゃんちゃん。  ……そんなオチが付いたような。  真相とはわかってしまえばくだらないもの。友達の数が両手の指どころか俺の両手足の指を貸しても全く足りない彩芽は、日ごとに気分で昼食を共にする相手を変えており、たまたま今日は俺の番だっただけである。 「つーか、リア充って今は彼女彼氏持ちとほぼイコールの意味で使われてね? 彼女いないならリア充とは言わねーんじゃねーか?」 「あーあ、お前今俺を代表とした大勢のリア充気取りを敵に回したわ。多くの人間を絶望に叩き落としやがって。夜道には気をつけな」 「へっ、ちょうどいい。もう少し日常に刺激が欲しかったところだ!」 「バカなっ、臆するどころか迎え撃とうと言うのか!?」 「ところでリア充気取りって奏汰自身で言っちゃったな」 「……聞かなかったことにしてくれ」  彩芽が指摘できるほど大きなミスをこうも早く出してしまうとは。  やはり自分がリア充だなんて突飛な想像は頭が追い付けなかったか。慣れないことはするもんじゃない。 「うぅむ……やはり彼女がいなきゃか」 「何だよ、そんなにリア充になりたいのか?」 「気持ちだけでも、って思ったんだけどな。どちらかと言えば欲しいのは……」  薺奈ちゃんを彼女にするためには、俺には足りないものが多い気がする。何よりも俺と薺奈ちゃんでは立っている場所と言うか……うまく言えないけど『格』が違う気がするのだ。  もちろんそれは、よくバトル漫画で出て来るような大それたものではなく、気持ちの持ちようや心の余裕と言った表現が近い。自分に自信がないために薺奈ちゃんに対して委縮してしまい、思い切って距離を縮めることが出来ないのではないか。せめて気持ちだけでもリア充になれれば、何かが変わるのではないか。  一応これも、薺奈ちゃんを彼女にするための作戦と言えよう。名付けて『紗倉奏汰リア充化作戦』である。  俺がリア充になることによって心に余裕が生まれ、薺奈ちゃんを相手にしてもテンパることなくクールな男を演じられるのではないか……という作戦だ。  そんな考えのもとに行われた作戦だったのだけど……リア充になるためには彼女を作る必要があることが判明し、作戦はとん挫。薺奈ちゃんを彼女にしたいのに、他の子を彼女にする意味とはいったい。 「はぁ……なあ彩芽。相談があるんだが」 「何だよ」 「どうすれば彼女って出来るんだと思う?」  薺奈ちゃんにしたのと同じ質問。一応言っておくが、彩芽に対して誘導尋問作戦を行っているわけではない。ただ多くの意見を取り入れることが大切だと思ったから彩芽にも聞いただけだ。  薺奈ちゃんに相談する以上の成果が得られるとは到底思えない(あの日成果を得られたかどうかは置いといて)けど、俺のことをよく知る彩芽ならば、ナイスアイデアを思いつくかもしれない。 「そんなことアタシが分かると思うか? もし知ってたらアタシだって彼氏の一人や二人いるはずだろ」 「いや作るとしても一人までにしとけよ?」  二人も作ったら問題が起こるから。 「というか、彩芽って彼氏いなかったのか」  男の友達が多いんだから彼氏だっているだろうと勝手に思い込んでいた。あ、でもそれならこうして俺と一緒に昼飯を食べたりはしないか。 「んだよ、わりーかよ」 「別に悪いとは言ってないだろ。ただなんか意外だと思っただけで……いやある意味らしいと言えばらしいんだけど。結構仲のいい男子いるだろうに」 「仲がいいのと付き合うのはまた違くねぇ? それに奏汰がどう思ってるのか知らないけど、そこまで男子の友達多くないし」 「でもよく一緒に喋ったりしてるだろ?」 「何でそれだけで仲がいいことになるんだよ。それくらい別に普通だろ」 「俺に喧嘩売ってんのか!」 「うぇえ!? な、なんで!?」  事務連絡ぐらいでしか女子と会話する機会のない俺に対する当てつけか。俺だって『昨日のテレビ見たー?』とか『あの本読んだことあるー?』とか他愛ない会話を女の子としてみたいというのに。 「くっ、これがいつでも異性と付き合える奴の余裕か……! さすがはリア充度で俺の上を行く女……!」 「い、意味分かんねー……アタシってそんなモテるように見えるかぁ?」 「そりゃ、お前ってかわい――あー……まあ、可愛いから」  や、やっぱ女子に可愛いって言うのは恥ずかしいな。なんか気持ち悪がられるんじゃないかって不安になる。彩芽相手でも躊躇してしまった。 「そ、そう? そうか? そうかそうか…………へへっ」  空になった弁当箱に視線を落とす彩芽から、特に不快そうな反応も返って来ないことに安堵する。これで気持ち悪がられた日にはより一層自分に自信が持てなくなっていたことだろう。 「な、なんか照れるな。可愛いなんて言われたこと初めてだし……」 「男が女子に可愛いなんて滅多なことでは言わん。恥ずかしいし」 「でも詩想はよく可愛いって言われてないか?」 「西木さんは……ほら、モテるから。お近づきになりたい男子が多いんだよ」 「…………なあ。それってつまりよ、可愛いって言われないアタシはモテてないってことじゃねぇのか?」 「……ごめん」 「謝るなよっ! 気にしてなかったのになんか悲しくなってくるじゃんか!」  さすがに西木さんと比べちゃうとなぁ。モテることにおいて西木さんの上を行くのは厳しすぎるとしか言えないぞ。 「落ち着けよ、こればっかりは仕方ないことだ。さすがに相手が悪い」 「……そういやアタシ、詩想がこの前ついに他校の生徒からも告白されたって聞いたな」 「俺なんて、他校どころか他県の生徒がわざわざ告白しにやって来たって聞いたよ。だからほら、な? 比べる相手が西木さんなんだし、しょうがないだろ?」 「うう~~……別にいいんだけどさぁ、モテたいとか思ってるわけでもないし」 「そうそう、気にする必要ないって。それより俺の相談に話を戻してくれよ。どうしたら彼女が出来るのか」 「だからアタシがそんなん分かるかよぉ。んー、でもそうだなー」  思案顔の彩芽が手にとったのは、側面に『ピーチ水』の文字とフレッシュな桃のイラストがプリントされた、一リットルサイズの紙パックジュース。そこからのびるストローを口に咥え、ジュジュズーと中身を飲みながら彩芽は唸る。  そうして待つこと少し。  ようやくストローから口を離した彩芽は満足そうな顔で口を拭って、 「んー……ぷはっ。ふいー、やっぱ暑い日はこれだな! なんつーかこのチープな桃の味がいいよな! 奏汰もそう思うだろ?」  どうやら俺の悩みは、チープな味の飲み物よりも興味がわかないものらしい。 「ごめんな、俺はピーチ水よりマスカット水派なんだ」  それかあのカルピスもどき。ピーチ水は残念ながらランキング外だ。でもこの手の紙パックジュースって、どれも一リットルも飲み切る前に飽きるんだよなぁ……ってそんなことどうでもいいんだよ。 「お前の味の好みについてはまた今度話そう。それよりどうしたら彼女が出来るのか、だよ。何かいい考えはないか?」 「いい考えって言ってもよぉ、アドバイス一つでそんな簡単に作れるもんかぁ? いや待て、そうだな……付き合うまで行けるかは分かんねーけど、ちょっと良さげなの思いついた」  ほう? 良さげなのとな。  正直なところ、恋愛ごとに興味がなさそうな彩芽では参考になりそうな考えは出てこないだろうと侮っていたが、さすがはスーパーリア充様。俺では思いつかないような作戦を閃いたのかもしれない。これはもしかしたら期待できるかも。 「物で釣るってのはどうだ?」 「最低だと思う」  もっと違う言い方はなかったのだろうか。 「言い忘れてたかもだけど、彼女を作るためには手段を選ばないなんて考えは持ち合わせていないんだ。だからせめて、もう少し胸を張って実行できる作戦にしてもらわないと」 「おっと早とちりすんなよ奏汰。今のは言い方が悪かっただけでよ、本当にアタシが言いたかったのはあれだ。プレゼントをあげるのはどうかなーって」 「物は言いようだな」  しかしそうか、プレゼントか。  プレゼント、プレゼント……プレゼントかぁ。  まあ確かに悪い考えではないのだろう。  仮に俺が女の子からプレゼントを貰ったとしたら、十中八九『わざわざプレゼントなんて、この子もしかして俺のことが!』なんて勘違いし、その勘違いのまま好きになるコンボが発生するだろう。  しかしそれは、貰い手が俺だったらの話。 「でもさ、男から急にプレゼントを贈られるって、『何こいつキモ』とか思われない?」  さしずめ『プレゼント作戦』と言ったところか。実にシンプルで、それだけに好意を伝えやすい作戦である……が、残念ながら妙案とは言い難んだよね、これ。  実は薺奈ちゃんに何かプレゼントをあげる作戦は過去に考えたことがあった。しかし好きでもない男からいきなり物を渡されたらどう思われるか。嬉しさより気味悪さの方が勝るんじゃないか。そう思うと不安で実行に移せなかったのだ。 「マイナス思考にも程があるだろ。そりゃあ明らかに見返りが目的で変なもん渡されたら引くけど。でもプレゼント貰ったら普通に喜ぶ奴の方が多いと思うぞ? そんなたいそうな物じゃなくていいんだよ。ようは気持ちさ。き、も、ち!」 「その線引きが難しくていまいちピンと来ないんだよなぁ」 「それなら、試してみるか?」  そう言って、彩芽はピョンと跳ねるように立ち上がる。  何をするつもりなのかと見上げていると、素人臭い一人演劇が始まった。 「あ、あのさ。ちょっといいかな。その、別に何か特別な理由があるわけじゃないんだけど、実は君にあげたいものがあってね」  この照れている表情や仕草は演技だろうけど、なぜかこっちまでつられて照れくさくなってくる。なるほど、単純に何かをあげるだけじゃなくて、雰囲気も大事ってことか。 「だ、だから変な意味なんかないって! ……ただ、こういうの好きそうだなって思っただけで」  場を包む空気に少し緊張しながら演技を見守る。  彩芽は恥ずかしそうに目を泳がせ、 「えっとそれで、これ……」  もじもじしながら後ろ手に隠していた何かをこちらに差し出し、 「これ、君にあげる!」  飲みかけの紙パックジュースを渡された。  ついでに熱も一気に冷めた。 「――と、こんな感じで。どうだ奏汰。嬉しかっただろ?」 「そんなわけあるか! ゴミを押し付けられた気分だわ! 途中までいい感じだったのに最後で台無しだよ!」  紙パックを渡されるまでは、演技だと分かっていても結構ドキドキさせられたのに。まあそのドキドキも一瞬でどこかへ行ってしまったのだけど。  つまりこの作戦は、どんなに良さげなムードを演出できたとしても、何をプレゼントするかによって簡単に結果が左右されてしまうということだ。薺奈ちゃんが欲しがりそうな物も把握できていないし、プレゼント作戦は実行に移すべきではないだろう。 「ええーダメかぁ。自信あったのにぃ」 「ダメダメだ。どうしてそこまで自信が持てたのか、こっちが知りたいよ」  プレゼントで大事なのは気持ち。とは言っても、その際渡す物はなんでもいいわけじゃない。最低限の需要は確保する必要がある。  それを伝えると、彩芽は「それもそうか、くっそー」と乱雑に腰を下ろして悔しそうに膝を叩いた。 「大体今みたいなキャラはアタシには似合わないんだよな。アレはしおらしいっつーか、健気って言うのか? そうじゃなく、ガサツだって自覚はあるからな」 「い、いやいやそんなことないって。十分似合ってたぞ?」  確かに彩芽のイメージとは全く違うタイプのキャラではあったが、それが似合っていなかったかと言えば、決してそんなことはない。  まさに女の子らしい女の子というべきあの姿は、普段の彩芽とのギャップも相まってより魅力的だったと言えるだろう。 「慰めなんかいらねーって。ダメダメだって言ったのは奏汰じゃんかぁ」 「勘違いしているみたいだけど、それはプレゼントが紙パックだったことに対して言ったんだよ。その前まではかなりいい感じだったぞ」 「は、嘘つけ!」  女の子が自分を卑下することを言う姿は見たくないし、それも俺が安易にダメ出しなんかしたせいで言わせてしまったのだとしたら本心ではない。  そう思って誤解を解こうとしたけど、べッと舌を出し一蹴されてしまった。  まさに取り付く島もないと言った状況。しかしこの状況を作る原因となった者として、このまま引き下がってしまうわけにはいかないだろう。 「嘘じゃないって! 例えば恥ずかしそうにしているところとかグッと来たし、プレゼントを渡される瞬間は期待が高まってさ! そうそう! 雰囲気も相まって余計に可愛く見えたと言うか!」 「――ふぇっ!?」 「演技だって分かっててもドキドキしてさ! 似合ってないどころか完璧にマッチしたっていうか、むしろこれが素なんじゃないかって!」 「ちょ、ちょぉっ! わ、分かったからぁ! もうやめてくれ! は、恥ずかしぃ……!」  自分でも何を言っているかわからないぐらい必死に喋っていたら、顔を真っ赤にした彩芽に両手で無理矢理口を塞がれた。  急に何をするんだ! と言おうとしたけど、残念ながらもごもごとした音しか出ない。 「お、お前よくそんな小っ恥ずかしいこと大声で言えるな! 羞恥心とかねぇのかよ!」 「むごむご!」 「ま、周りに誰もいないってわけでもないんだぞ! ほら、今通りがかったやつらもクスクス笑ってたじゃんか!」 「ふがふが!」 「な、なんて言ってんのか分かんねぇし――ってこら! さっきからちょくちょく手のひら舐めんな! くすぐったいだろ!」 「……ぶはぁ! だったらさっさと手を離せ! あと舐めたわけじゃない!」  舐められない、と言った方が正しいか。  女の子をの手のひらを舐める。そんな言葉にするだけでも官能的なことを俺に出来るわけがない。したい気持ちはあっても、それをした後が怖い。 「ったく。息できなくて死ぬかと思ったぞ」 「う……わ、わりぃ。でも奏汰が変なこと言うからだろ!」  変なこと? 何か言ったっけ? 「グッと来るとかドキドキするとか……か、か、可愛いとかぁ……! アタシがそうゆーの言われ慣れてないって、知っててからかってんだろ!」  そういえばそんなこと言った気も……。  気が焦っていたばかりに、遠慮も躊躇も全然出来てなかったな。薺奈ちゃんの前で同じことをしないように注意しなければ。 「いや、あのな彩芽。あれは別に――」 「あうあうあう……」  言葉になってない。あの彩芽がここまで取り乱す姿なんて初めて見る。そんなに恥ずかしかったのか。  さすがにこのままじゃ会話もままならないし、何とか落ちつかせないとだな。  ……あ、そうだ。 「安心しろ彩芽」 「な、何が」 「確かに可愛いやらなんやら言ったが――」  ――西木さんほどじゃない。  そう言ったあと、なぜか無言の彩芽が殴りかかってきたけど、一体どうしてなのかはいくら考えても全く見当つかなかった。  やはり女心とは難しいものだ。
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