第二章 その二

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第二章 その二

 どうにか殴られる前に宥めることができ、彩芽は落ち着きを取り戻してくれた。しかし『どうして殴ろうとしたんだ』と聞いても答えてはなかったけど。どうやらこの問題は永遠の謎になりそうな予感。 「さて、プレゼント作戦では彼女が出来ないと判明したわけだが」 「よくも色々となかったことにしてくれたなおい。いい度胸してるじゃねぇか」  どういうわけか彩芽が頬を抓ってくるけど、俺が悪いらしいから甘んじて受け入れるとしよう。それにそれほど痛くないし、手加減してくれる辺り彩芽も本気で怒っているわけじゃないのが分かる。 「なかったことにするな、と言うなら言い方を変えよう。では、なんやかんやあったからプレゼント作戦以外で方法を考える必要があるわけだが」 「お前は天才だよ奏汰。言い方を変えたら余計むかつくようになったぞ」  なんだまだ何か気に入らないことがあるのか。まったく、これ以上どうしろと言うんだか。 「アタシだって詩想ほど可愛くないことくらい分かってるよぉ……でもわざわざ言わなくたっていいだろ……」 「わ、悪かったよ。俺も言葉を選ぶべきだった」  例えるなら少年野球チームの中に一人だけプロの選手を混ぜるようなもの……いやさすがにこれは言いすぎか。高校球児くらいかな。それでも周囲との実力差がありすぎる。 「やっぱさ、詩想くらいモテるようになんなきゃ恋人を作るのは難しいんじゃねぇか?」 「さすがに西木さんレベルまで行く必要はないと思うけど……でもそうか、そういう考えもあるのか」  薺奈ちゃんの『モテることと彼女を作ることは別』という意見とは真逆の考え方だ。個人的には好きな子の意見を支持したいところだけど、それでわざわざ彩芽の意見を無視するという選択肢もないだろう。 「しかしそうすると、今度はどうしたらモテモテになれるのかって問題が出て来るな」 「一番手っ取り早いのは顔だけど……いやごめん。なんでもない」 「イケメンじゃなくて悪かったな!」  俺の顔を見てから謝るなよ。いいよ言われなくても分かってるよ。 「へっ、どうせ俺は何の面白みもない平凡な顔立ちですよ」 「あ、安心しろ奏汰! 上中下の三段階で表すなら中だ! つまり決して悪いわけじゃない! それにアタシは、たとえ顔は冴えなくても奏汰にいいところはあるって知ってるつもりだぜ!」  これはフォローのつもりなのだろうか。いろんな表現で俺がイケメンであることを否定されただけの気がする。 「それにほら、外見より内面の方が大事っていうじゃん? アタシもそう思うし、だからあんま気にする必要ないって」 「そ、そうか。そうだよな!」  彩芽もたまにはいいこと言うじゃないか。そうそう、やっぱ人間は顔より性格だよ。 「詩想だって可愛いからってだけでモテてるわけじゃないはずだろ? ほら、あいつは顔だけじゃなくて性格もいいからな」 「なるほど。つまり俺は外見で足りない分、内面を磨けばいいわけだな」  ……と、そう口にして、しかしそれが言うほど簡単なことではないと気づく。内面を磨くと言っても、何をどうしたらよいものか。  まず思いつくのが、長所を伸ばして短所を改善すること。しかし自分のどこが長所であり、またどこが短所なのか。自分の性格なのに分からない。  それか自分の性格を女の子が好むような性格に変えることだけど……どんな性格なら女の子受けがいいのか、こっちはもっと分からない。  まあでもこの二つ以外に思いつかないし仕方ない、一つ目の案で行くとしよう。 「なあ彩芽」 「ん? なんだ?」  自分で考えてもわからない時は、潔くあきらめて人に聞くべし。幸いここには俺をよく知る彩芽がいる。 「お前ってさ、俺のどんなところが好きなの?」 「……へ?」 「いやだから、俺のどんなところが好きなんだ?」 「――――は、はぁッ!? んなっ、なな何言ってんだお前! 急に変なこと聞いてんじゃねぇ! べ、別にす、すすす好きとか! そーゆーのないしッ!」  ……なんでこいつは怒ってんだ? いや意味もなく怒り出すような奴でもないし、原因は俺なんだろうけども。 「そ、そりゃ嫌いってわけじゃないしアタシら仲いいかもしんないけどそれとこれとは別というかそれで好きとか言うのはまた違う話でごにょごにょごにょ……………………」  何を言っているのかわからない。というか、なんて言っているのか聞こえないけれど。  どうも様子を見るに、ただテンパっているだけで怒っているわけではなさそうだ。まあそれはそれで、じゃあ何が原因なのかは分からないが。  しかし怒っていないというのなら、きちんと質問には答えて欲しいものだ。 「おーい? 彩芽―? そんなに俺の長所を言うのは嫌なのかー?」 「だいたいそんなことストレートに聞かれてもこっちも困るって言うか――って、は? え、んと……奏汰、今なんつった?」  ぶつぶつ呟いていたと思ったら、今度は目をパチクリさせながらこっちに顔を向けてきた。まるで安物の餌しか食べたことがなかった猫が、初めて高級猫缶を食べた時のような呆けた反応だ。  そんなおかしな反応を見せる彩芽に、俺もつられて首をかしげる。 「だから、そんなに頭を抱えるほど俺の長所を言いたくないのかって」  だとしたらかなりショックだぞ。仲のいい友達だと思ってたのは俺だけだった、という悲しい結末になりかねない。 「……ちょーしょ?」 「ああ。長所」 「ちょうしょ」 「だからそうだって。俺にもいいところはあるって言ったのは彩芽だろ? だからそれはどこなのか聞いてんじゃないか」  ――っておいおい、どうしてそこで顔を伏せるんだ。あの時言ったことは嘘だったとか言うつもりじゃ……あれ、彩芽さん? なんで何も言ってくれないんですか? ま、まさか……嘘だったのか? う、嘘……だった、のか……?  え、ちょっと、マジで? おいどうなんだよ彩芽、プルプル震えてないで何とか言ったらどうなん―――― 「うがぁぁぁぁああああッ!!」 「うわぁぁぁぁああああッ!?」  ついみっともない叫び声をあげてしまった。  いやでも仕方ないでしょ。いきなり人がとびかかってきたら誰だって驚くはずだよ。 「なんなのお前マジでなんなの!? もしかしてわざとか!?」 「どうした彩芽、意味が分からんぞ。苦しいから胸ぐら掴むのをやめて欲しい」 「うるせぇ頼むから一発殴らせてくれ!」 「うおぉ待て待て落ち着け!」  拳を振り上げ馬乗りしようとしてくる彩芽を必死に押さえる。まさかマウントポジションから殴ってこようとは予想してなかった。  しかし分からない。なんで彩芽が怒っているのか分からない。今度はテンパっているわけではなく、マジで怒っているっぽいから本当に分からない。 「なあ彩芽、教えてくれよ。お前がどうして怒っているのか。そして俺のいいところはどこなのか」 「うっせうっせ! 教えてやるもんかバーカ!」  これはとりあえず謝っておいた方がいいのだろうか。とはいえ何が悪かったのかわからないのに謝るのも、余計に怒らせてしまう気がする。  しかし今の状況をそのままにしておくのもよろしくない。今の状況というか……この、彩芽が俺の身体の上にまたがるような格好は少々まずい。  こんなところをもし事情を知らない誰かに見られでもしたら、変な誤解をされてしまうかもしれないじゃないか。そしてそれが薺奈ちゃんの耳に入ったらもっとまずい。  俺と彩芽が、昼真っただ中に言葉にするのも憚られるような事をしちゃういかがわしい関係だと勘違いされてみろ。薺奈ちゃんを彼女にするどころか、口もきいてくれなくなるかもしれないぞ。  ……い、いかん、考えただけで死にたくなってきた。  こうなったら一刻も早く、この体勢から抜け出さなければ―― 「えーっとぉ……二人は何をしているの?」  速攻で誰かに見られた!
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