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「本当にごめん。ソノコのこと殴り殺したりして」
ソノコの姿が無数の光の粒になり、砂が風に流されるように空気に溶けて消えていくのを、あたしは静かに見守った。
ソノコから首を絞められたあの時、苦しみにもがくあたしの手に、何か硬い物が触れた。無我夢中でそれを掴んで振り回すと、手に重い衝撃が伝わり、ふっと呼吸が楽になった。
見ると、ソノコが手で頭を押さえてうずくまっていた。あたしはうずくまるソノコの頭に、何度も何度も硬い物を打ちつけた。
やがてソノコは動かなくなり、あたしの手の中では、いつかの誕生日にソノコがプレゼントしてくれたマグカップが砕け散っていた。
逮捕、裁判、そして服役。
あの日から十年経った。
二人で暮らしたアパートに女の幽霊が出るという噂を聞き、あたしはソノコに会いにやってきた。
区切りをつけるために。
あたしの最後の言葉は、ソノコに届いただろうか。
それを確かめる術はもうない。十年ぶりに、ソノコはこの2DKから旅立ったのだ。
「……前に進むね、あたしも」
返事をする者はない。
あたしは部屋を出て、静かに扉を閉めた。
〈了〉
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