0人が本棚に入れています
本棚に追加
「なんでって、もちろんソノコに会いに来たのよ。今もこの部屋にいるって聞いて。ちゃんと話をしたいの。そうじゃなきゃ、あたしもソノコも前に進めない。成仏、できない」
『成仏』という言葉に、わたしはようやくサキの正体に思い至る。
幽霊、なのだ。
そう思って見れば、目の前のサキは、わたしの知っているサキとは違っていた。
いつも最新のメイクで彩られていた顔には化粧っけがなく、綺麗な茶色に染められていた髪は真っ黒で艶もない。なにより、吸い込まれそうなほどに美しかった大きな二重の瞳はすっかり輝きを失い、目の下のクマばかりが目立つ。
まるで、いっきに十も老け込んだかのような変わりようだった。
成仏できずにさまよっているのだ。こんな惨めな姿で。わたしに殺された恨みで。
怯みそうになる心を奮い立たせ、挑むようにサキを睨みつける。
「話ってなによ。恨み言でも言いに来たわけ? だけどサキが悪いのよ。あんたがあんなことさえしなければ」
そうだ。わたしは悪くない。悪いのはサキの方だ。
「あんたが、わたしからマサヤさんを奪ったりしなければ……!」
あの夜。
サキを殺したあの夜、わたしはアルバイトが急にキャンセルになり、予定より二時間早くアパートに戻った。
玄関には、サキのピンヒールと並んで、見覚えのある男物の革靴があった。
サキの部屋から漏れ聞こえる、女の甘い喘ぎ声。それに重なる、男の荒い息づかい。わたしを抱く時と同じ、いや、わたしの時よりも激しいマサヤさんの──。
ドアを開ける。ベッドの上には、裸で絡まるサキとマサヤさんの姿があった。
わたしは青ざめて固まるマサヤさんを突き飛ばし、サキに馬乗りになった。ショルダーバッグの肩紐をサキの細い首に素早く巻き付け、渾身の力で締め上げた。
サキが苦しげに手足をばたつかせる。
真っ赤に染まる視界に、醜く歪むサキの顔が写った。
そうやって、わたしはサキを絞め殺した。
「でもわたしは悪くない。あんたなんか殺されて当然よ! 絶対に謝らないから!」
わたしが叫ぶ間、サキはわずかに目を見開き、じっとわたしを見つめていた。
それから目を伏せ、躊躇いがちに口を開いた。
「恨み言なんて言うつもりないよ……。ソノコが謝る必要もない。謝らなきゃいけないのは、あたしの方なんだから」
そう言うと、サキはその場に膝をつき、頭を下げた。深く深く、床に頭がつくほどに。
「ソノコ、ごめん。マサヤさんから誘われて……ううん、言い訳はしない。断らなかったあたしが悪いんだから。ソノコからマサヤさんを奪ってごめん。大切な親友だったのに、裏切ってごめん……」
サキの声は震えていた。
いつの間にか、わたしの目からは涙が流れていた。
その熱が、わたしの中で凝り固まっていたものをゆっくりと溶かしていく。
ずっとずっと、サキに謝って欲しかったのだと、ようやく気付く。
誰よりも大好きな親友だった。そのサキに裏切られて、サキを失って、失ってなおサキを恨んだままでいることが、辛くてたまらなかった。
「許すよ」
その言葉が自然とこぼれ出たとき、目の前に無数の光が舞った。温かく、柔らかな光だった。
サキが弾かれたように顔を上げる。
光は徐々に強さを増し、サキの輪郭がぼやけていく。
「本当にごめん。ソノコのこと……」
サキの声が遠くなる。
やがて、白い光に塗りつぶされるように、サキの姿は消えた。
最初のコメントを投稿しよう!