思い出の錦江湾

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 港内に、汽笛の音が響いた。目の前のフェリーが海面を揺らしながら、岸壁を離れていく。デッキ上には多くの人の姿が見え、ハンドレールにもたれながら遠くにある夕焼けを見つめている。  僕は、岸壁にキノコのように突き出たビットに腰掛け、出港する船を見つめていた。潮の匂いが鼻をくすぐる。  僕が期待していた海は、ここにはなかった。しかし、落胆はなかった。実際の海が小さくても、僕の中の記憶が色褪せることなんてありはしない。  フェリーが進む先には、桜島があった。夕日を浴びて、山全体が赤く染まっている。その山頂には白煙が見え、晴れ渡った空へとゆっくり溶け込んでいった。
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