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「海が見えるところまで」
鹿児島中央駅を下りてタクシーに乗り込み、僕は運転手に言った。運転手のおじさんは、怪訝な顔をする。
「海が見えるところって言われても、困るんですけど」
「あ、いや、その、海が見えればどこでも」
「じゃあフェリー乗り場に向かいます」
そう言って、運転手はタクシーを走らせる。
僕は念願の鹿児島の地に来ていた。実習が始まるのは明日で、今日一日は時間があった。どうしても海を見たい。その気持ちを抑えられず、新幹線を下りてすぐにタクシーに乗り込んだのだ。
「着きましたよ」
タクシーはすぐにフェリー乗り場に着いた。僕はお金を払い、車を降りる。
ゆっくりと、歩みを進める。目の前には、フェリーが発着する港があった。僕はコンクリートでできた岸壁を進んでいく。
目の前には、海が広がっていた。あの時と同じ、青色の海だ。僕は岸壁のきわ、すれすれのところで立ち止まり、じっと海面を見つめる。
先ほどまで浮き足立っていた気持ちが、みるみる萎んでいった。目の前の海は、狭かった。記憶の中の海とは違い、対岸も近く、湖のようにすら思えた。
僕は呆然とする。長い年月で記憶が変わったのか、それとも元から狭かったのだろうか。それは分からない。しかし、一つだけ言えるのは、目の前の海は、僕にとってはあまりに小さかった。
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