第一章

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「ただいまって……あれ?」  俺はミーシャを描くのに集中していた。 「描いてるんだ?」 「うおっ!帰ってきてたんだ?」 「一応声はかけたよ」 「そっか。おかえり」 「うん。ただいま」  時計をみれば23時を過ぎていた。 「飯は?」 「あ、食べてきちゃった」 「そっか。じゃあ風呂入れるわ」  俺は立ち上がって風呂場まで行こうとしたが……ずっと座っていたから上手く動かねえ。三木は俺の肩を掴んだ。 「大丈夫?」 「あ、ごめん。ずっと座ってたからな。平気だ」 「徹はご飯は?」 「あー、食うの忘れてたわ。これから食うわ」 「じゃあ僕も少し食べようかな」 「え?食べてきたんだろ?」 「接待でね。だからあんまり食べられなかった」  三木はそう言って苦笑した。 「そっか。今日はロールキャベツだからあっためればすぐだから。そういえば三木は嫌いなもんとかあるか?聞いてなかったけど」 「徹の作るのなら何でも大丈夫」  ん?それはおかしな答えだな…… 「なあ三木。そんなことばかり言ってるからストーカーにあうんだと思うぞ?それってなんか誤解させると思うんだけど」 「そう?僕は徹にしか言ってないけど」  三木はそう言うと着替えてくると言って部屋に行ってしまった。  俺は小さく溜め息を吐いた。たぶん今の台詞もいつも言ってるんだろ?困った奴だな。そんなんだから女タラシみたいな風貌になるんだぞ?  三木はやっぱり美味しそうに食べてくれた。尻尾をブンブン振ってるワンコみたいに。もしかしたら三木はいつもは高校の頃みたいに冷めたように振る舞っているのかもしれない。けどそんな奴がこんなふうにワンコになって嬉しそうに食べてくれれば、それは恋に落ちるかもしれないなあ。ギャップ萌えってヤツ? 「なに?じっと見てるけど?」  三木が手を止めて言った。 「いや、美味そうに食うなあって。そこまで美味そうに食ってくれると、作りがいがあるじゃん」 「だって美味しいから」 「そういうところだぞ」  三木は首を傾げていたけど。 「なあ。朝飯とか食う派?食材買ってきたから明日から作れるけど。あと弁当とかいる?それとも外で食う?」  俺がそう三木に聞くと風呂に行こうとしてた三木は足を止めた。 「───作ってくれるの?」 「おう。目覚ましも買ってきたから明日からは起きれると思う」 「目覚まし?スマホでセットしたらいいじゃん?」 「俺、携帯は止められたし、欲しいっていうヤツいたから解約して本体はあげちゃったんだよな」 「え……マジで?」  三木は軽く引いてるようだった。 「じゃあ朝は軽めがいいかな。寝起きあんまり頭まわってないから。弁当は摘めるものがいい。だいたい仕事しながら食べるかし」 「外で食ったりしねえの?」 「たまに会議しながらとかはあるけど。ほとんどはデスクから動けないかな」 「じゃあ用意しとく」  俺がそう言うと三木は嬉しそうに風呂に向かった。  エリートサラリーマンも大変なんだな。飯食う時間もないのか。そういうところは少し同情する。だからこそエリートなのかもしれないけど。  俺は朝食と弁当の仕込みを始めた。  その日はストーカーは現れなかった。
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