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第二章
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それからはそれなりに穏やかな日が続いた。俺は三木の弁当用にお弁当箱を100均で買ってきた。小さいお弁当箱だったけど二つで100円だったんだぞ?可愛い熊さん柄で、三木は困ったように笑ってたけど。弁当なんて人に見せて食うもんじゃないしな。
三木は俺に格安スマホってやつを買ってきてくれた。悪いから払うって言ったんだけど、『高いものじゃないから』って言われて押し付けられた。俺は使い方が良く分からないって言ったら三木はメッセージアプリを入れてくれた。それだけあればとりあえずいいって言ってたから、きっとそうなんだろう。それからは三木が接待で夕飯を食べて来る時は連絡をくれる。っていうか帰る時に必ずメッセージをくれる。マメ過ぎだろ。俺もやっとスタンプが使えるようになったけどな。
俺は暇さえあればミーシャをスケッチしていた。ミーシャの瞳は毎回違う色に見えた。鉛筆しかないけど、いつかは色をつけて描いてみたいなって思う。
「ねえ、ミーシャばっかり描いてて飽きない?」
休日にソファに寝転びながらパソコンを弄っていた三木は俺にそう言った。
俺はリビングの床に寝転ぶミーシャをスケッチしていた。
「飽きないよ。ミーシャは毎回違うから」
同じに見えるけど……と三木は呟いた。
よく見てると違うんだよ。それにミーシャはスケッチされるのが嫌いじゃないらしく。俺がスケッチブックを持ってミーシャの前に座ると、あんまり動かないでいてくれる。
「ねえ、僕のことも描いてよ」
三木は突然そう言った。俺は驚いて振り返った。聞き間違えた?
「僕のこと、描いてくれないの?」
どうやら聞き間違えではなかったらしい。俺は答えられなかった。
「もしかしてまだ高校の時言ったこと気にしてる?」
そりゃ……まあ。てか自分でなんて言ったか覚えてないのか?
「……まだ怒ってる?」
「いや、怒ってはない」
「じゃあ描いてよ」
「三木は嫌だろ?」
「今は嫌じゃないよ」
そっか……。俺はそう言うとそれ以上何も言えなかった。
「無理強いはしないけどさ」
三木はそう言うと、再びパソコンに目を落とした。俺もミーシャの方に向き直った。
本人がいいって言ってるんだから問題はない。高校の頃とは違う。
けれど、俺は三木にあの言葉をぶつけられて以来、“人“を描くことが出来なくなってしまったのだ。
それを三木に伝えるには憚られた。きっと三木は気にしてしまうだろうし、俺ももし『そんなことで?』と言われたらたぶん立ち直れない。
だから何も答えなかった。
それに───今の三木を描きたいとは思えなかった。
ストーカーはあれから度々訪れた。必ずマンションのエントランスからで、中には入っては来なかったけど。俺はインターホンが鳴る度にモニターを見つめた。そして彼女の気持ちに想いを馳せてみたが、やっぱり気持ちは分からなかった。
こんな男に執着しないで、他にいい人探せばいいのに。そんなふうに思いながら、モニターが暗くなるまでずっと見ていた。
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