第二章

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「まさか水沢に会うと思わなかったな」  黒田は勝手知ったるもので、冷蔵庫から水を取り出して飲み始めた。そういえば三木とは一番仲が良かったのを思い出す。確か小さい頃からの幼馴染だったか。まさか会社まで一緒だったとか。  黒田は三木と同じグループだったけれど、三木とは少し雰囲気は違った。黒田は三木とは違ってクラスのリーダー的存在だった。確かクラス委員だったんじゃないかな。剣道をずっとやってて時期主将とか言われてた。髪も目も真っ黒でスポーツマンって感じで三木とはまた違った感じのイケメンだった。人当たりもよくて、男女関わらず人気があった記憶がある。  そのせいか俺がわりと話せるクラスメイトの一人だった。 「三木と同じ会社なんだろ?三木から聞いてない?」 「同じ会社だけど聞いてない」  まあ、話すほどのことでもないか。 「こういうことは滅多にないことなんだけど、それでもなくはないから。だいたい俺が送って来ることになるんだけど、いつもなら黙って鍵出すのに、今日に限って『トオルがいるから』って出さねえの。トオルって名前の猫だったら開けらんねえだろうがって思ったんだけどさ」  黒田は愉快そうに笑った。確かに。ああ、そういえばミーシャどうした? 「俺、ここんちの猫に嫌われてるからさ」  姿が見えない。部屋に戻って行ったんだろう。 「水沢はなんでここに?」  黒田はキッチンの椅子に腰掛けた。 「ああ。偶然会って俺が家も仕事もないって言ったら、家事手伝い兼ボディガードで雇ってくれた」  俺がそう言うと、黒田は目を丸くした。 「三木が!?」  俺は頷いた。あり得ねえって黒田は呟いてるけど、俺もそう思うよ。 「あーでもアイツ生活能力ゼロだからちょうど良いか」  俺は苦笑した。 「で、水沢が家事してんの?」 「まあ、料理したり、洗濯したり。あんま汚くないから掃除もそんな大変じゃないし」 「だから冷蔵庫も充実してたわけね。そっか水沢は料理できるのか」  黒田はそっかそっかと頷いていた。腹でも減ってるのか? 「なんか食う?」 「え!?いいの!」  黒田は目をキラキラさせた。よほど腹が減ってるのだろうか? 「この時間だからお茶漬けとかにするか?生姜焼きも出来るけどおも……」 「生姜焼きで」  おいおい食い気味に返事するなよ。  俺は冷蔵庫から漬けてある肉を出す。三木の分だったけど、まあいいか。あの調子じゃ今日は食べられないだろう。  俺はフライパンを温める。その間に刻んでおいたキャベツを皿に盛った。適度に温まったところで肉を入れる。ジュワっといい音がする。しばらくするといい香りがしてきた。味噌汁に火を入れた。ご飯は三木が帰ってきたらすぐ食べられるよう保温にしておいたから平気か。  そんなに厚い肉じゃないから時間はかからなかった。 「どうぞ」  俺はご飯に味噌汁、生姜焼きを黒田の前に出した。いただきます、黒田はそう言うと勢いよく食べ出した。 「美味い」  黒田はひと口食べるとそう言った。 「味が濃くて俺好み」  そう言ってニカっと笑った。  そうか……味濃いのか。母さんはずっと働いて忙しかったので、大家の婆さんが俺に料理を教えてくれたんだ。確かに味が濃いのが好きだったかもしれない。  黒田はこんな時間なのにがっついて食べてる。 「おかわりしていい?」  俺に茶碗を出してきた。 「こんな時間だぞ。大丈夫か?胃もたれしない?」 「運動部舐めんなよ」 「もう運動部じゃないじゃん」  俺はさっきよりは少なめにご飯を茶碗に盛った。 「あ、俺まだ剣道やってるし。時々だけど高校にも教えに行くよ」 「マジで?」  そういえば…… 「剣道部って岩谷が顧問だった?」  黒田は頷いた。 「まだ元気にやってるよ」 「そっか。俺、高校辞めてから岩谷にはお世話になったから」  黒田の箸が止まった。 「そう言えば、三木が何か言ったんだって?」  たぶん高校中退の件だろう。 「高校辞めたのは三木のせいじゃないよ。俺のか……母が亡くなったから」  俺を見ていた黒田は目を伏せた。 「そっか。それは大変だったな」  俺は何も言わなかった。黒田は本当に言うべき言葉を間違えない。空気の読める奴だった。 「じゃあ三木が自分のせいで水沢が辞めたって言ってたのは誤解だったんだな」 「まあ、そうだね」  ふうんと黒田は言った。 「俺は三木が何を言ったか知らないけど。もう平気なのか?」  俺は頷いた。だって本人がなんて言ったか覚えてないんだから、いつまでも怒ってても仕方ないだろ? 「三木と暮らしてて大変じゃない?」  黒田はおかしなことを聞く。 「それを言ったら黒田こそ幼馴染なんだろ?」 「俺はほら腐れ縁だし。しかもまあ小さい頃からいろいろ知ってるからさ。アイツのことだいたい分かるけど、アイツ分りづらいから」 「そっか。まあそうかな。けど三木はなんか高校の頃から雰囲気変わったよな?」  あーと黒田は短く言った。 「アイツさ、ちょうど高校の頃、家でいろいろあったからさ。あの時期が一番キツかったんじゃないかな。だからっていうわけじゃないけど、水沢に何か言ったとは思うんだけど許してやってくれないかな?」  黒田は頭を下げた。  俺は慌てて頭を上げてくれって言った。そうか。三木には三木の事情があったんだろう。それであの時期あんなふうな表情をしてたのかもしれない。  黒田は綺麗に生姜焼きを平らげた。こんな時間にあれだけ食べたら絶対胃もたれすると思う。黒田は食べ終わるとソファに移動して、横になった。 「あー!腹いっぱいになったら眠くなってきた。やっぱ俺、泊まっていくわ」 は?  黒田はもう目を閉じそうだった。 「だったら俺のベッド使いなよ。ソファじゃ休めないだろ?」 「へーきへーき。これ寝心地いいから」  まあ、そうだけど。  そう言ってるうちに黒田は目を閉じてしまった。マジか!?  このまま放置してたら絶対風邪引くだろ。  俺は慌てて自分のところから毛布を持ってきて黒田に掛けた。小さくサンキュって聞こえたけど、たぶんもう夢の中だろう。  俺は電気を消してリビングを出た。ふとミーシャの部屋を覗くと、ミーシャは仏頂面で部屋の外を睨んでいた。 「一緒に寝る?」  俺がそう言うとふんっと鼻息を一つ鳴らすと部屋を出て行った。そして俺の部屋に悠々と入って行った。俺は布団を掴んでかけた。ミーシャを抱いて寝るからそんなに寒くはないだろう。
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