第一章

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 俺は奴を覚えていた。  忘れようたって忘れられない。  俺は身体もそう強くなく、スポーツが苦手だった。それもあって絵を描くのが好きだった。うちは母子家庭でお金もなかったから、もっぱら線画。安いスケッチブックに鉛筆で緻密に書き込んでいく。じっと観察して、それをそのまま紙に書き留めたい……そんな気持ちだった。  それもあってか特に美しいものや綺麗なものが好きだった。それは花だったり動物だったり。心惹かれるものをずっと描いてるのが何より楽しかった。  奴───三木蒼也(みきそうや)とは高校一年と二年で同じクラスだった。俺はクラスでも目立たない方で、友達もほとんどいなかった。アニメも見ないし、ゲームもやらない。音楽も聞かなければ映画も観ないし、本も読まない。スポーツも勉強も中の下だった。ただ自己流の絵を描くのが好きなだけ。誰とも話なんて合わなかった。  三木はクラスの目立つグループに属してたけど、そいつらよりも妙に大人びていて、わざわざ連むことはなかった。よく窓際の後ろから二番目の席で頬杖をつきながら、一人でぼんやりと外を見ていた。  三木は外国の血が混じってるとかで、髪や目の色は色素が薄く、肌も透けるように白かった。背は高く、見た目は細いがほどよく筋肉がついていた。顔立ちも整っていたから当時から何とかってモデルに似てるとか言われてたけど、俺は彫刻のようだなって思った。それだけ美しかったということだ。  俺は三木に心を奪われた。その美しい姿を描きたいって思った。運よく一番後ろの俺の席から三木の姿はよく見えた。時間を持て余していた俺は隠れて三木の姿をスケッチした。  それがある時、三木にバレた。  三木は俺を見下ろしながら、俺にひと言「気持ちわる」と言った。  それが高二の夏休みに入る前日のこと。そして俺は夏休み明けにはその高校を辞めていた。  辞めた理由は三木のせいじゃない。  俺の母親が亡くなったからだ。  過労死だった。けれどそれが認定されることはなかった。裁判で争うことも出来なくはなかったが、お金がなかった。担任だけはその事情を分かってくれて、俺に通信制の高校に行く手筈を整えてくれた。確かに今の時代、高校くらいは出ていないと仕事を見つけるのはもっと難しかったかもしれない。  ───だから。俺の普通の高校生活の最後の言葉は三木の言葉だった。そりゃ忘れないし、会いたくもなかった。  22時を過ぎた頃、監視役は俺を呼びに来た。事務所に来いと言われた。 三木はあれから缶コーヒーを買いに行っただけで、本当にずっと俺を待っていた。  俺が事務所に移動するのを見ると、ここで待ってるから!と大きな声をあげた。
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