第三章

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「……だったら俺で練習してみるか」  ん?何かおかしな言葉が出てきたぞ。顔を上げると黒田がいい笑顔で俺を見ていた。  そうだった───黒田は昔から“練習の鬼“だったのだ。 「本番で実力を出し切るためにには練習あるのみ!だろ?」  あー。確かコレ高校時代によく言ってた台詞だったわ……。  それからなんだかんだで俺は上手く丸め込まれて黒田を描かされる羽目になった。さすが人を巻き込むのが上手な黒田に勝てるわけがない。  俺は妙なポーズをとってる黒田の横顔を見つめた。いつもの紙が硬く感じる。鉛筆が滑っていかない。俺は一度目を閉じて深呼吸する。  そうだ。目の前にいるのは大きな犬だ。大きな黒い犬。少し強引だけど陽気な犬。面倒見がよくて巻き込むのが上手。それでいてちっとも憎めないんだ。 俺は紙の上の鉛筆を滑らせた。犬だと思えば、何となく気持ちも落ち着いてきた。 「出来た?俺も見たいんだけど」 「まだ途中だよ」 「いいじゃん」  そう言って黒田は勝手に俺のスケッチブックを覗き込んだ。 「やっぱ上手いじゃん。ちょっと犬っぽいけど」  そう言ってニカっと笑う。 「だから言ったじゃんか。まだ上手く描けないし。それに黒田を犬だと思って描いてたから……」 「おいおい、最後の台詞は聞き捨てならねえな。俺は犬か!?」 「うん……まあ」  失礼なっ!黒田はそう言うとハハハと大きな声で笑った。 「犬でも何でも構わねえよ。水沢が克服できりゃそれでいい」  黒田はそう言って優しく微笑んだ。クソ……イケメンなのに心までイケメンとかいい男過ぎるだろ。 「じゃあ今度は俺が描いてやる。動くなよ」  はい?  俺が呆けていると黒田はさっさとスケッチブックと鉛筆を奪って何やら描き出し始めた。  え?え?と俺がキョロキョロしていると黒田は動くなって!と言いながら、鼻歌なんて歌いながらサラサラと鉛筆を動かしていた。俺は何だか緊張してしまっていた。 「出来た!」  黒田は大きな声でそう言った。 「どれ?見せて……」  俺がそう言うと黒田はドヤ顔でスケッチブックを俺に向けた。 「…………」 え?こ、これは…… 「これって俺?」 「決まってんだろ?」  いやいやいや。百歩譲って俺だとしても、何で横顔なのに両目だけこっち見てんだ? 「黒田って“画伯“だったんだ……」 「画伯って言うほどのモンじゃねえけど」 「そっちの“画伯“って意味じゃなくて」  俺はいわゆる“味わい深い“って意味の画伯だった。 「黒田にも弱点ってあったんだな」 「おいコラ。どういう意味だよ」  黒田ははたと気づいたみたいで、俺の首に腕を巻きつけてきてヘッドロックをかましてきた。いてて、現役に敵うわけないだろ。 「離せってば」 「うっせー。降参しろ」 「何に降参するんだよっ!」  俺たちはぎゃあぎゃあと騒いでいた。だから気づかなかったんだ。 「───ねえ、何してんの?」  突然声がした。俺と黒田は声の主の方を向いた。そこには明らかに機嫌の悪そうな三木が立っていた。
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