第三章

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「あ……お、おかえり」  俺は黒田に腕を巻きつけられたままそう言った。 「僕の家でなにしてんの?しかも何でいるわけ?」  三木は明らかに不機嫌な声でそう言った。 「黒田が鍋パーティーしようって来てくれて」 「僕に連絡もなしで?」 「会議中って聞いたから」 「ここ僕の家だよ?勝手に入れないで」  三木はそう言うと真っ直ぐに部屋に入って行った。俺はどうしたらいいか分からず、立ちあがってみたもののその場を動けずにいた。黒田はそんな俺を見兼ねたのか、立ちあがって三木の部屋へと歩き出す。 「あの……」  黒田は振り返ると唇に人差し指を当てた。黙っていろということだろうか。黒田は扉が開かれたままの三木の部屋の入り口に立つと三木に声をかけた。 「───そんな怒るなよ。俺が強引に行くって言ったんだからさ」  連絡くらい入れるべきだろ。三木の冷たい声が聞こえた。 「俺がしなくていいって言ったんだよ。それに急に家に来たわけじゃなくて、連絡もしたしな」 「は?なにそれ?」 「徹ちゃんのID見ちゃった」  ドガっと音がした。気がつくと黒田は脛を押さえていた。 「勝手に見たのか!?」 「おまえが連絡してる時に見えたんだよっ」 「だからってそれで勝手にするか?普通!」 「勝手?聞いたって誰かは教えてくんねーし」 「それは……」  三木はそのまま黙り込んだ。黒田の形勢逆転だった。 「早く着替えて来い。今日はおまえの好物のキムチ鍋だ」  黒田はそう言うと脛を摩りながら戻ってきた。俺の顔を見るとピースサインを向けた。  いや……そこはピースじゃねえだろ。 三木は相変わらず機嫌は悪かったけれど、一緒に鍋を囲んだ。  俺は出て行けって言われるんじゃないかって内心ビクビクしていた。親友だからいいかって思ったんだ、そう言い訳したかったけれど。余計なことを言って今日出て行けって言われてもちょっと困ってしまう。 「三木。いい加減機嫌直せよ」 「誰のせいでこうなってると思ってんだ?」  黒田は悪びれずに言った。三木はやっぱり怒っているようだった。 「……ごめん」 俺は小さく呟いた。いくら親友だからって家主に無断で家にあげるのはやはり間違った選択だったんだろう。 「───勝手なお願いになるけど、出ていくのは明日の朝でいいかな?」 「「は?」」  二人はポカンと口を開けたまま俺を見ていた。 「ホント、ごめん。本来ならすぐにでも叩き出されておかしくないんだけど、できれば明日の朝まで待ってもらってくれないかな。荷物も纏めないといけないし、ミーシャにお別れ……」 「待て待て待て」  食い気味に突っ込んできたのは黒田だった。 「徹ちゃんは何で出ていきたいの?」  何で?おかしな事聞くなあ。 「だって普通に考えてクビだろ?家主に許可も取らないで勝手に他人を家に入れたんだし」 「いや、それはそうなんだけど。それなら勝手に来た俺の方が悪いだろ?」 「開けたのは俺だから。親友だからいいかなって思っちまって。悪かった」  俺は頭を下げた。 「三木?」  黒田がそう声をかける。俺も黙ってる三木が不安になって顔を上げた。三木は未だに口を開けたまま俺を見ていた。 「三木?大丈夫?あ、もしダメだったらすぐ用意するから」  俺は慌てて立ちあがった。  ドンっと音がした。黒田が三木の肩を殴った音だった。 「呆けてないで何か言え」 「───ビックリした」  やっと三木が口を開いた。 「───何で出ていくの?出て行けなんて言ってない」 「だって怒ってるだろ?俺のミスだし」 「怒ってる……?」  俺は頷いた。 「怒るのは当たり前だ。だからクビになっても俺は構わない。できれば出て行くのは明日の朝だと助かるけど」  流石に最後の方は声が小さくなってしまった。やはり家のある生活に慣れると、路上に戻るのはちょっと厳しいと言うのが本音だった。 「ねえ、どうして怒ってるのか分からない?」  三木はおかしなことを言う。俺が今説明した以外に理由なんてあるのか?俺は首を傾げた。  俺の横で弾けたような笑いが起きる。黒田が身を捩って笑っていた。 「ハハハ、あり得ねー。鈍いにもほどがあんだろ!?それとも全く脈なしかだな、三木ちゃーん?」  わざとらしく黒田は語尾を伸ばした。それを聞いた三木は眉間に皺を寄せた。 「ちょっと黙ってて。そもそもお前のせいだからな」 「ヒトのせいにすんな」 「邪魔してんのお前だからな?」  謎の幼馴染トークの意味が分からない。しかも三木は怒っているせいか、顔が真っ赤だった。  いいから座って。そう三木に言われて俺は仕方なく座り直した。 「出て行かないで。その……困るから」 困る?ひと月分は貰ってるから?それはもちろん返すつもりだ。まだ手を付けてないし。 「その……弁当とか困るだろ?」  なるほど。仕事が忙しくてゆっくり食べられないって言ってたもんな。  俺が真顔で三木の話に頷いてると、黒田はさらに笑い続けた。三木は堪らなくなったみたいで、黒田に蹴りを入れた。  黒田は何かがツボに嵌ったみたいで、ずっと笑っていた。最後は笑いながら冷蔵庫にビールを取りに行ったくらいだった。 「悪かった」  俺が再びそう言うと三木はもういいよと困ったように笑った。
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