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俺はドンドンと激しくドアを叩く音で目が覚めた。
いま何時だ?時計を確認する。まだ二時だった。深夜だ。
三木に何かあったのかも!?俺はそう考えると慌てて起き上がって玄関へ急いだ。
玄関の音は止むことはなかった。ずいぶん乱暴な叩きかただな。俺はふとそう思った。
それでそっと覗き穴から外を見た。
───え?
そこには例の女の人がいた。
おかしくないか?オートロックでそもそもマンションの中には入れないはずだろ?だからいつも入り口のところで何度も何度も鳴らしてたはず……。
俺はドアの前で動けなくなってしまった。考えてもいなかったことが起きた。彼女のドアを叩く音は止まなかった。
「蒼也?いるんでしょ?ね、開けて?」
ドア越しに囁くような声が聞こえた。───いや、居ない。そう答えれば帰ってくれるだろうか?
ドンドンとまた激しくドアが叩けれる。
「蒼也?もしかして体調よくないの?まさか倒れてるとか?」
ドアノブをガチャガチャと捻る音がした。俺の身体はビクリと撥ねた。
どうしよう。このままだと壊してまで入ってくるんじゃないだろうか?俺は頭をフル回転させる。どうやったら帰ってくれるんだろう。話せば分かってくれるんじゃないだろうか?
俺はもう一度覗き穴を見た。どうやら彼女はドアに張り付いているようだった。
俺はドアのノブに手をかけ、ドアに全体重をかけた。そして大きく深呼吸した。
思いっきりドアを開ける。
何かが当たる音がした。どうやら女は振り払われて転んでしまったようだった。俺は慌てて後ろ手でドアを閉め、ドアの前に立った。
女はやっと俺に気づいたようだ。尻餅をつきながらも凄い形相で俺を睨みつけた。
「アンタ誰よ?蒼也は!?」
「今日は居ないよ。出張で居ない。それよりどうして……」
「そんなわけない!!」
女は大きな声で叫んだ。そんなわけないって言われても。
「───どうしてそう思うんだ?」
俺は疑問をそのまま彼女にぶつけた。
「だってキャリーバック持って出てないじゃない」
彼女は当たり前の事を何故聞くの?みたいなふうに鼻で嗤いながら答えた。
「リモワのハイブリッドキャビン。出張行く時はいつもそれで行くでしょ?だから出張なんて嘘よ。それで出て行ってないもの」
俺はそれがどんなものなのかよく分からない。けれどこの女は夜だけじゃなく、どこかで会社に行く三木を見ていたことだけは分かった。
夜だけじゃなく、昼間も───俺は背筋がゾッとした。執着が半端じゃないことだけは理解したからだ。
「嘘なんてついてない。三木は本当に居ない」
「───新しい女のところ?」
彼女は地を這うような声でそう言った。
そんなこと思いつきもしなかった。いや、たぶん本当に出張だと思うけど。お土産聞いてきたくらいだし。
俺が余計なことを考えていることを、彼女は別な意味と取ったようだった。
「そうなんだ?」
彼女は立ちあがってパタパタとスカートについた埃を払った。そこにはなんの表情もなかった。そして落ちていた鞄を拾った。
「じゃあもういい」
そう言って去ろうとする彼女の手首を咄嗟に掴んでしまった。
「待って。あの」
「なに?」
「新しい彼女とかじゃなくて、本当に出張だと思う」
「それが?」
彼女はそう言うと俺の手を乱暴に振り払った。
「あの……こうやって来ても三木も困ると思うよ。その……やっぱり夜中だし」
は? 彼女はそう呟いた。
「もし何か伝えたいことがあるなら伝えておくし。その……こういうことをしてちゃいけないっていうか、もっと他にいい人だっていると思うし」
やっぱりオンナいるんだ?
彼女はそう言ってにこりと微笑んだ。そして俺を突き飛ばして、鞄の中から銀色に光るものを取り出す。俺は慌てて彼女の肩を掴んだ。
「離せっ!!」
大声で耳元で怒鳴られる。そんなことくらいで離すかよ。俺は彼女の腕を掴む。どうして刃物なんて持ってんだよ。暴れる彼女から俺は刃物を取り上げようと揉み合いになる。
こんな細腕でどこからそんな力が出てくるのか、押さえようとする俺の手を振り切ろうとする力に負けそうになる。
ドアを開けさせるわけにはいかない。俺は彼女の前にまわり込む。
彼女は奇声を上げて刃物を振り回し始めた。
「止めろって!!」
俺は大声をだし、彼女の身体を掴みにかかった。
ピリっと腕に痛みを感じた。どうやら運悪く腕に当たってしまったらしい。痛みとは逆に血が吹き出し、ドアに撥ねた。
俺はドアに凭れかかる。思ったより血が出ている。片方の手ですぐに押さえてみたけれど、そんなことで止まる気配はなかった。
「…………うそ」
彼女はやっと正気になって俺を見た。
「わたし……傷つけるつもりなんて……」
からんと音がした。彼女はやっと刃物を手放した。
「あの……ごめん、なさい」
「……いいからもう行って。ホントに三木はここには居ないんだ」
「でも」
「いいから行って!」
俺が大きな声を出したせいか、彼女はそのまま踵を返して走り出した。ヒールの音が遠のいていった。
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