第四章

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 俺はドンドンと激しくドアを叩く音で目が覚めた。  いま何時だ?時計を確認する。まだ二時だった。深夜だ。  三木に何かあったのかも!?俺はそう考えると慌てて起き上がって玄関へ急いだ。  玄関の音は止むことはなかった。ずいぶん乱暴な叩きかただな。俺はふとそう思った。  それでそっと覗き穴から外を見た。  ───え?  そこには例の女の人がいた。  おかしくないか?オートロックでそもそもマンションの中には入れないはずだろ?だからいつも入り口のところで何度も何度も鳴らしてたはず……。  俺はドアの前で動けなくなってしまった。考えてもいなかったことが起きた。彼女のドアを叩く音は止まなかった。 「蒼也?いるんでしょ?ね、開けて?」  ドア越しに囁くような声が聞こえた。───いや、居ない。そう答えれば帰ってくれるだろうか?  ドンドンとまた激しくドアが叩けれる。 「蒼也?もしかして体調よくないの?まさか倒れてるとか?」  ドアノブをガチャガチャと捻る音がした。俺の身体はビクリと撥ねた。  どうしよう。このままだと壊してまで入ってくるんじゃないだろうか?俺は頭をフル回転させる。どうやったら帰ってくれるんだろう。話せば分かってくれるんじゃないだろうか?  俺はもう一度覗き穴を見た。どうやら彼女はドアに張り付いているようだった。  俺はドアのノブに手をかけ、ドアに全体重をかけた。そして大きく深呼吸した。  思いっきりドアを開ける。  何かが当たる音がした。どうやら女は振り払われて転んでしまったようだった。俺は慌てて後ろ手でドアを閉め、ドアの前に立った。  女はやっと俺に気づいたようだ。尻餅をつきながらも凄い形相で俺を睨みつけた。 「アンタ誰よ?蒼也は!?」 「今日は居ないよ。出張で居ない。それよりどうして……」 「そんなわけない!!」  女は大きな声で叫んだ。そんなわけないって言われても。 「───どうしてそう思うんだ?」  俺は疑問をそのまま彼女にぶつけた。 「だってキャリーバック持って出てないじゃない」  彼女は当たり前の事を何故聞くの?みたいなふうに鼻で嗤いながら答えた。 「リモワのハイブリッドキャビン。出張行く時はいつもそれで行くでしょ?だから出張なんて嘘よ。それで出て行ってないもの」  俺はそれがどんなものなのかよく分からない。けれどこの女は夜だけじゃなく、どこかで会社に行く三木を見ていたことだけは分かった。  夜だけじゃなく、昼間も───俺は背筋がゾッとした。執着が半端じゃないことだけは理解したからだ。 「嘘なんてついてない。三木は本当に居ない」 「───新しい女のところ?」  彼女は地を這うような声でそう言った。  そんなこと思いつきもしなかった。いや、たぶん本当に出張だと思うけど。お土産聞いてきたくらいだし。  俺が余計なことを考えていることを、彼女は別な意味と取ったようだった。 「そうなんだ?」  彼女は立ちあがってパタパタとスカートについた埃を払った。そこにはなんの表情もなかった。そして落ちていた鞄を拾った。 「じゃあもういい」  そう言って去ろうとする彼女の手首を咄嗟に掴んでしまった。 「待って。あの」 「なに?」 「新しい彼女とかじゃなくて、本当に出張だと思う」 「それが?」  彼女はそう言うと俺の手を乱暴に振り払った。 「あの……こうやって来ても三木も困ると思うよ。その……やっぱり夜中だし」  は? 彼女はそう呟いた。 「もし何か伝えたいことがあるなら伝えておくし。その……こういうことをしてちゃいけないっていうか、もっと他にいい人だっていると思うし」  やっぱりオンナいるんだ?  彼女はそう言ってにこりと微笑んだ。そして俺を突き飛ばして、鞄の中から銀色に光るものを取り出す。俺は慌てて彼女の肩を掴んだ。 「離せっ!!」  大声で耳元で怒鳴られる。そんなことくらいで離すかよ。俺は彼女の腕を掴む。どうして刃物なんて持ってんだよ。暴れる彼女から俺は刃物を取り上げようと揉み合いになる。 こんな細腕でどこからそんな力が出てくるのか、押さえようとする俺の手を振り切ろうとする力に負けそうになる。  ドアを開けさせるわけにはいかない。俺は彼女の前にまわり込む。  彼女は奇声を上げて刃物を振り回し始めた。 「止めろって!!」  俺は大声をだし、彼女の身体を掴みにかかった。  ピリっと腕に痛みを感じた。どうやら運悪く腕に当たってしまったらしい。痛みとは逆に血が吹き出し、ドアに撥ねた。  俺はドアに凭れかかる。思ったより血が出ている。片方の手ですぐに押さえてみたけれど、そんなことで止まる気配はなかった。 「…………うそ」  彼女はやっと正気になって俺を見た。 「わたし……傷つけるつもりなんて……」  からんと音がした。彼女はやっと刃物を手放した。 「あの……ごめん、なさい」 「……いいからもう行って。ホントに三木はここには居ないんだ」 「でも」 「いいから行って!」  俺が大きな声を出したせいか、彼女はそのまま踵を返して走り出した。ヒールの音が遠のいていった。
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