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俺は落として行った刃物を玄関の中に蹴り入れた。こんな廊下に刃物が落ちてるなんて物騒だと思われる。それはなんとしても避けたかった。きっと血もいくらかは垂れているかもしれないけど、それは後から掃除しよう。
俺はドアの鍵を閉めたのを確認すると、部屋にタオルを探しに戻った。ミーシャは不安そうにベッドの上に座っていて、俺の顔を見るとにゃあとひと声鳴いた。
「大丈夫……だって」
俺はタオル二、三枚引っ掴むと押さえながらリビングに入った。消毒……そう思ったけれど、探そうにもまだどこに何があるのか分からない。仕方ないので諦める。洗っておけばとりあえず平気か。
スウェットは脱げそうもなかったので、袖の部分を切ってしまった。そのままキッチンの蛇口から水を出し、適当に傷口を洗った。血はどんどんと流れてきて、止まる気配はなかった。確か傷より上のほうを圧迫すればいいってテレビで見た。タオルを右手と口でなんとか結ぶことが出来た。片方の手が使えないって大変だ。
最初はあまり痛みはなくて血だけが流れている感じだったが、今はだんだんと痛みを感じるようになっていた。もしかしたら最初はただ驚いて感じなかっただけかもしれない。
ただタオルを結んでからは少し血が出るのが治まった気もした。腕を切られただけでこんなにも血が出るものなのか?たぶん当たりどころが悪かったんだろう。
俺はタオルで押さえながら痛みを堪えた。なんとなく頭がぼんやりしてくる。まさか腕を切られたくらいで救急車を呼ぶわけにもいかないし、何より説明が面倒だ。なんせストーカーされてる本人が居ないし、三木だって会社にバレたりしたらおおごとになるだろう。
早く血が止まってくれないかな……。
血が止まってさえくれれば、傷自体は大したことはないんだ。
俺は座っているのも怠くなってきて、テーブルの上に額を乗せた。冷んやりして気持ちいい。なんとなく瞼が重くなってくる。このまま眠ってしまってもいいのだろうか。けどベッドまで歩ける気もしなかった。
ふと頬に温かい気配を感じた。いつの間にか閉じていた目を開けると、テーブルの上にはミーシャが乗っていた。心配そうに俺を見ていた。いつもならテーブルの上になんて絶対に乗らないのに。ミーシャはそっと俺に寄ってきた。俺は頭をぐりぐりとミーシャに押し付けた。ミーシャは嫌がらなかった。
ふふ……。あったかい。温もりを感じるってだけで、こんなにも安心できると思わなかった。なんだかあったかい母さんの手みたいだ。俺はミーシャに寄り添ったまま目を閉じた。
ガシャンと大きな音がして目が覚めた。
───鍵、閉めたはずだよな?まさか戻って来てドア開けたとか言わないよな?
本当ならすぐに起き上がらなきゃいけないところなのに、身体が動かない。
「───徹っ!!」
聴き慣れた声がした。まさか幻聴?それはそれでヤバくないか?
いろんなところにぶつかるような音がした。ずいぶん忙しないなあ。
「……徹?」
ああ顔を上げて確認したいのに、もうどこも動かせそうもない。
ひっ……と変な息を飲む音がした。
ふいに肩を掴まれた。背中に温かい気配を感じる。どうやら幻覚ではないらしい。
「徹!生きてる!?大丈夫!?」
目の前にいるのは三木だった。
「あれ……?三木、仕事は?」
俺がやっとのことでそう言うと、三木はチッと短く舌打ちした。
そうじゃねえだろ……そう短く言うとどこかへ電話し始めた。舌打ちしてたわりには、片方の手で俺の頭を撫でてくれた。それが気持ち良くて、なんだかまた安心して目を閉じた。
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