第四章

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**  俺が退院できたのはそれから一週間後だった。  例のストーカーはやっと捕まった。自殺の名所で死のうとしていたところを保護されて連絡がきたらしい。  俺は警察から訴えますか?って聞かれたけれど、それは三木に聞いてくれって答えた。俺が決めることじゃない気がしたからだ。三木は捕まえてくれってお願いしてたみたいだけど、それからどうするかはまだ決めかねてるようだった。 「徹は許してあげたいって思ってるんでしょ?」  って三木は聞いてきた。俺が黙って小さく頷くと困ったように笑っていた。  家に帰るとミーシャは俺のそばから離れなかった。まだ上手く腕を動かせないない俺に負担をかけないようにと三木が引き剥がすとすぐにそばに戻ってきたし、部屋に入れておけばずっと鳴きっぱなしだった。どうやらもの凄く心配をかけてしまったらしい。 「親父には久しぶりに怒鳴られたよ」  三木は笑いながら言った。 「自分の尻拭いを友達にさせるなって。ホントは親父は徹に会いに行くって譲らなかったんだけど、大事な会合があって来られなかった。よろしく言っといてくれって言われたけど、正直来なくてよかったよ」  確かに。会ったら緊張しちゃいそうだもんな。 「大事な人を怪我させたなんて知られたら、たぶん俺親父にぶん殴られると思うし」  ん?大事な人?……なんか言い回しがおかしな気もするけど。 「三木、あのさ」 「なんか飲む?お茶くらいなら淹れられるから」 「ああ、うん。じゃあ飲む」  座っててと言われてソファに座る。すぐにミーシャが隣を陣取った。三木は慣れない手付きでお茶を淹れる。正直見てる方がハラハラしたので、俺が淹れたほうがよかったかもしれない。  三木はカップを俺に渡すと隣に座った。前から思ってたんだけど距離近くないか?  三木は俺の肩に頭を乗せてきた。ちっとも重くない。三木の柔らかい髪が頬にあたって少しこそばゆい感じがした。 「そういえばさ」  俺は落ち着かない気持ちになって、どうでもいいことを話し出す。 「出張だったろ?思ったより早く戻ってきたんだな」 「は?んなわけないじゃん」  三木は顔をあげなかったけれど、絶対眉間に皺が寄ってるんだろうなって声を出した。 「ホントはその日ウチの担当者と一緒に先方に挨拶に寄ってから帰ってくる予定だったんだけど、メッセージ送っても全然既読にならないし電話しても全然出ないから。嫌な予感がして仕事押し付けて朝イチで戻ってきた」 「……心配性すぎない?」 「実際倒れてたのは誰だよ?」  確かに。実はもの凄く当たりどころが悪かったと医師からは言われていた。もしかすると腕を使えなくなるかもしれなかったんだよと。三木はそれを聞いてもの凄く不機嫌になった。それからさらに過保護になったのは言うまでもない。 「───ありがとう」  俺がそう呟くと三木はゆっくりと顔を上げた。三木の顔がもの凄く近くにあった。色素の薄い瞳に俺が映っていた。瞳は光線の加減で茶色にも深い緑にも見えた。不思議だった。  三木は俺から視線を逸らさなかった。  俺も三木から目を逸らせなかった。とても美しかった。  突然、三木のスマホが鳴った。  三木はそれを無視した。俺から目を逸らさなかった。距離が近くなる。俺はぼうっと三木を眺めていた。  着信音が切れた。  三木の手が俺の頭の後ろにまわってくる。えっと……。  再び音が鳴った。 「……あの、出たほうがよくない?」  俺がそう言うと三木は舌打ちをして俺から離れていった。  何故かホッとしたような寂しいような気がした。三木は俺に一体なにをしようとしていたのだろう?  三木の部屋からは『黒田ぁぁぁ!!』と声がした。
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