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第五章
接待の次の日、三木から今日は早く帰れるとメッセージがきた。そしてどうやら黒田も一緒にやって来るらしい。
俺はまだキッチンに立つことは許されてなかった。多少の不便はあるけれど、もう平気なんだけどな。リハビリも兼ねてるからって言っても三木は絶対に首を縦には振らなかった。
今日もまた黒田が鍋を作ってくれるらしいので、何もしなくていいというメッセージもわざわざ送ってきた。そろそろ何作らせてくれないと腕が鈍る気もしてきたぞ。
「お邪魔しまーす!」
黒田のバカデカい声がするとミーシャはすぐにソファから降りて、部屋に入って行った。俺はソファでウトウトしていたので、慌てて起き上がった。
ドカドカと足音がする。
「あ、悪い。寝てた?」
「大丈夫。ちょっとウトウトしてただけ」
黒田は相変わらず元気だ。
「快気祝いにきた」
黒田はそう言ってニッと笑った。この笑顔が憎めないんだよな。俺もついつい笑顔になっちまう。
「今日もキムチ鍋?」
俺は黒田の持ってる袋をみながら言った。
「今日は寄せ鍋。実家に寄って出汁も貰ってきた」
黒田は袋から大きな水筒を取り出した。どうやらまた黒田のお母さんの得意料理らしい。黒田はそのままウキウキとキッチンに行ってしまった。気づくと三木はリビングの入り口に佇んだままだった。
「三木?」
「なんかさ。黒田が実家に行っていろいろ言ったみたいなんだよな。今度顔出したら絶対おばさんに怒られるじゃん。悪者扱いかよ」
悪者だろー?と黒田は大声で答えた。
「どうでもいいから早く着替えて手伝えよ」
三木は拗ねたように自分の部屋に入って行った。俺が慌てて立ち上がろうとすると黒田がそれを止めた。
「快気祝いなのに主役に手伝わせてどうするよ」
「でも、三木がやるより俺がやったほうが早いだろ?」
黒田は困ったように笑った。
「それでも猫よりは役に立つだろ?」
それはミーシャが聞いたら怒りそうだぞ。
二人がキッチンであーだこーだとしてる姿を見るのは楽しかった。というかやっぱり三木は黒田に叱られてばかりだったけど。
けど。二人を見てていいなあって思った。俺には幼馴染はいない。友達だってほとんどいない。だからだと思うけど二人で戯れ合ってるのを見てたら羨ましいなって思った。なんだか二人の積み上げ手きた歴史を見ているようで。俺も幼馴染とかいたらこんな感じだったのかなって。
時折、俺の知らない名前が飛び出す。それは仕方ないことなんだけど、共通の話題がポンポンと前触れなく飛び出して二人で笑っていた。大学の話とか会社の話とか。全然分からないことで二人が楽しそうだと少し胸が痛んだ。変な気持ちだった。
「徹ちゃん?なんか変な顔してるけど?」
振り向いた黒田に急に話しかけられた。
そうだった。黒田は何かそういうのに敏感だったりするんだった。
「な、なんでもないよ。ずっと座ってたらお尻痛くなってきたから、ミーシャに缶詰あげてくる」
俺は慌てて立ち上がってリビングを出て、ミーシャの部屋に向かった。ミーシャは高い所に登って目を閉じていたが、俺が部屋に入るとすぐに降りてきてくれた。
缶詰を開ける俺の足元に擦り寄ってきた。俺は美味しそうに缶詰を食べるミーシャの背を撫でた。
勘違いしちゃいけないんだ。
俺はここの家の家政夫なだけで、三木や黒田とは違う。大学だって行ってないし、ちゃんとした正社員で働いたこともない。おまけに家もなかったんだぞ?いくら三木や黒田がよくしてくれるからって勘違いしちゃいけない。
俺と彼らは違う。
そう自分に言い聞かせたけれど、そう思うと少し寂しい気がした。
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