第五章

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**  食べ終えると三木が後片付けをやってくれるというので、俺と黒田はリビングで本格的に飲み始める用意をした。先にビールでも飲むかと黒田はさっさと缶ビールを開けてしまった。  黒田はご機嫌でソファにどっかりと座り、俺は床にぺたんと座っていた。黒田はソファに座らねえの?と聞いてくれたけど、なんだか今日は床に座ったほうが落ち着くんだ。少し食べすぎたのかもしれない。 「───徹ちゃんはまだ童貞だったりすんの?」  黒田は身を屈めて小さな声で言った。俺はそれを聞いて思わず咽せてしまった。 「その反応だと“当たり“かな」 「悪いかよ?どうせこのまま三十歳超えて魔法使いになるんだから放っておいてくれよ」 「何?そんなこと信じてんの?」  黒田はまた小さくクツクツと笑った。  俺は缶ビールを呷った。缶を両手で包む。  こういう話は苦手だ。別に下ネタが嫌いというわけじゃない。他人の話ならいくらでも聞ける。けど自分のこととなると苦手だった。  生活に追われてそんなこと考えてる暇がなかったからだ。親戚に借金のあった母さんの代わりに借金を返した。それに通信制の高校に行くお金を実は岩谷が出してくれていた。だから働いてなるべく早く返したくて必死だった。それをやっと返し終わった頃に、急に派遣を切られて家を出て行かなくてはならなくなったのだ。  そんなこと考えてる余裕なんてなかった。 「───徹ちゃん?」  ふいに呼ばれて顔を上げた。  唇にふにっとした感触がした。 「───くろ、だ?」 「もしかしてファーストキスだった?なーんて……」  黒田がそう言い終わるか終わらないかのうちに俺の瞳からボロボロと涙が溢れた。 「え?なに?マジで!?」  黒田はあたふたとしながらソファを降りて俺の隣に座った。 「ごめん。あの、水沢?」  俺は答えられなかった。声を出したら嗚咽が漏れてしまいそうで歯を食いしばっていた。 たかが唇が触れただけのことだ。外国なら別に挨拶レベルのことだ。  けれどこんなふうに普通にゲーム感覚で出来てしまうことに俺は二人と圧倒的な差を感じてしまったんだ。それが悔しくて情けなくて涙が溢れた。  黒田はあたふたとして困った顔をしている。何か言わなくちゃならないのに、なんの言葉も出てこなかった。  ドガっと音がしたかと思ったら、黒田が吹っ飛んでいた。  三木は黒田の胸ぐらを掴んだ。 「───徹になにをした?」  黒田が答える前に黒田は今度は殴られて吹っ飛んだ。  また三木が胸ぐらを掴んだ。  流石に止めなきゃ。俺は慌てて三木の背中にしがみついた。 「徹?」  何か言わなきゃ、何か言わなきゃ……。  そう思って口を開いたら、出てきたのは嗚咽だった。俺は三木の背中にしがみつきながら声をあげて泣いた。
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