第五章

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**  風呂から上がってペタペタと廊下を歩く。  何だか今日は疲れた。楽しかったけど、俺が二人を羨ましがっておかしなことになってしまった。いろいろ二人なりに俺を元気づけてくれたんだろうけど。そもそも俺が変なことに拘ってしまったもがいけなかったんだと思う。少し落ち込む。  ミーシャの部屋の前を通ると、ミーシャは部屋の奥の方でもの凄く不機嫌そうにこちらを睨んでいた。 「……寂しかった?」  そう言うとミーシャは鼻を鳴らして顔を背け目を閉じた。そして動こうとしなかった。よほど拗ねてるに違いない。 「一緒に寝てくれる?」  ミーシャはチラリと俺を見た。仕方ないので抱っこして連れて行くことにした。意外と重いんだぞ?しかもまだ腕が上手く動かせない。俺はよたよたと部屋を出た。  すると閉まってたはずのリビングのドアが開いていた。リビングでは黒田がまたソファで寝ている。俺はミーシャを抱えたままリビングに入りドアノブに触れた。 「───水沢?」 「あ、起こしちゃった?」 「いや、寝てねえよ。その……今日は悪かったな」  俺はよたよたしながら黒田のそばに行った。ミーシャが重かったので床にぺたんと座る。ミーシャを膝の上に乗せる。 「その……キスのことなら怒ってないよ。あんな子供じみたことでいつまでも怒ってないって」 「そうじゃねえよ」  黒田は俺がわざと茶化して言ったのに、真顔で俺を見た。 「なんか引け目を感じさせちまってたってことに謝ってる。その……それぞれ生きてきた道が違うんだ。水沢だけが引け目を感じることはないんだ。それを伝えたくて」 「それは……その、俺は二人が羨ましかっただけなんだ。気にしないで」  ふいに黒田は俺の手首を掴んだ。 「そんなふうに自分だけで抱えるな。だったらそう俺たちに言え。俺たちは水沢を大事に思って───ぶっ!」 「ミーシャ!」  ミーシャが黒田の顔面に猫パンチをおみまいした。 「ごめんっ!」 「……ホントこいつとは気が合わねえ…」  ミーシャはさらにもう片方の脚で猫パンチを繰り出すと、スルッと俺の膝を降りてリビングを出て行ってしまった。  俺は黒田への返事もそこそこに慌ててリビングのドアを閉めた。  あんなふうに思ってくれてたなんて思いもしなかった。黒田は他人の心を読むのに長けている。ずっと心配かけてしまっていたのかもしれない。俺はリビングのドアの前でぼうっと立ちすくんだ。  ミーシャだけが俺の部屋の前で振り返って不思議そうな顔をしていた。  翌朝起きてみれば、二人ともいつもと変わらなかった。昨日のことが幻のように思えた。まあいいかと勝手に納得した。  けど、玄関に立って見送りするとなったら二人の様子がちょっと違っていた。 「いってらっしゃい」  俺がそう言うと三木は何故か返事を躊躇った。 「……行きたくない」 「は?何言ってんだよ?」 「俺はここから出たくない」 「黒田まで何言ってんだよ!?」  何だか小さな駄々っ子が二人いるみたいだ。仕方ない……。  俺は二人の肩に手を掛けた。そして背伸びをして二人の頬に触れるか触れないかギリギリの距離で唇を寄せた。もちろん盛大なリップ音付きで。 「はい!いってらっしゃいっ!」  二人とも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてたけど、俺はその隙にドアを開けて背中を押した。俺だってやられっぱなしじゃないからな。  不敵に微笑んで見送ってやった。二人とも何度も振り返って名残惜しそうだったけど、そんなことは知らない。見なかったことにして、俺は手を振った。
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