第六章

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「それでなんか自分で怖くなってすぐに自分から別れちゃった。自分でもさ、変だなって思ったよ。もしかしたら母親が早くに亡くなったから寂しいのかなって。けどあの女が家にやってきて、そうじゃないなって。あの女に束縛された時は反吐が出るくらい不快だった。気持ち悪くて気持ち悪くて。だから寂しいからそう思うわけじゃないんだって思った」  そう言うと三木は目を閉じた、なんか苦しそうだった。 「もしかしたら女の人だからかなって思ったりもしたよ。だから男と付き合ってみれば考えも変わるかなって。けど考え方は変わらなかった。そう思ったらなんか付き合うのが怖くなちゃって」  俺は付き合ったことがないからよく分からないけど、それってそんなにおかしいことなのか?好きな人と一緒にいたいって普通だと思うけど。 「───徹はどう思う?」  俺がぼうっとしていると、三木は俺を見つめていた。 「俺に聞かれても……。俺は付き合ったことがないから分からないけど、そんなに気にすることでもないと思う」  俺は慌てて鉛筆を滑らせた。俺なんかに聞かれても困る。変なこと言ってないだろうか? 「徹は嫌じゃない?」 「何が?」 「僕がこんなんでも」 「俺はそういうのよく分かんないから……」  せっかく三木が自分のことを話してくれたのに、俺はそれに答えられない。 「……俺なんかに聞くより、黒田にでも聞いてみたほうがいいんじゃないか?」 「なんでそこで黒田なの!?」  三木は可笑しそうに言った。 「いや、ほら、黒田なら経験豊富そうだし」 「黒田はそもそも対象外だから」  対象外?なんのことだ? 「まあ、黒田に相談したことはないけど薄々気が付いてるんじゃないかなあ。好きな人を家に閉じ込めておきたいって言ったらドン引きしてたし」  ドン引きって……。 「ホントはさ、誰とも連絡取り合って欲しくないんだよ?黒田だから仕方なく許してるけど」  うん? 「高校の時からずっと想ってたのに」  ああ、そうだ。ずっと気になっていたことを今なら聞ける気がする。 「ねえ、三木。前から気になってたんだけど、三木は俺が絵を描いていたことは知ってた?」 「知ってたよ」  三木はそれがどうしたのみたいな感じで答えた。 「え……っと、どうして?」 「僕の席から見えてたから。なんか楽しそうに描いてるなって」 「三木は絵を描いたりするの?」 「絵?美術の時間以外は描いたりしなかったかな。見るのは好きだよ」  そっか。 「なんでそんなこと聞くの?」 「いや、ほら自分で言うのもなんだけど影薄いじゃん?クラスメイトだって同じクラスかどうかも忘れるくらいだったし」 「そう?僕は毎日見てたから知ってたよ」 「……仲良くなりたいとか思ったりした?」 「うーん、どうだろう」  肝心なところで三木は言葉を濁した。俺はいま結構勇気をだして聞いたんだぞ? 「……このままずっと眺めてたいって気もしたし、話してみたい気もしたし。でも無理矢理話しかけて絵を描くところを見られなくなるのも嫌だなって思った」  そうか。確かに言われたら意識しちゃって描かなくなってたかもしれない。 「けど偶然スケッチブックを拾ったから。勝手に中身を見ちゃったけど、僕が描いてあってついああ言っちゃったけど、夏休み明けたら謝りたいって思ってたんだ」  ああ、そう言えば黒田が言ってたやつだな。 「───それからずっと徹のこと思ってた」 「そんなに気にすることなかったのに」 「居なくなってから気がついたんだ、ああ僕は徹のことが好きだったんだなって。じゃなきゃあんなにずっと見てないよなって」  へ? 「僕、あれからずっと徹のこと想ってたんだよ。今度逢えたら絶対離さないって」  そう言って三木はにこりと微笑んだ。それはとても綺麗で見惚れるような笑顔だったけれど……。  俺はなんだか気恥ずかしくなって三木から目を逸らして、スケッチブックに目を落とした。三木をあらかた描き終わっていたけれど、なんか別の三木を描きたいと思った。なんというかもっと情熱的な三木を……。 「あ」  俺がスケッチブックのページを捲ろうと床に置いた途端、ミーシャが上に乗っかってきた。 「ミーシャ、どいて。いま三木を描いてるんだよ」  ミーシャはなーおと鳴いて、一向に退く気配はなかった。 「ミーシャ」  そう呼ぶと俺の顔をじっと見た。まるで自分を描いて欲しいかのように。  俺はつい吹き出してしまった。 「わかったわかった。ミーシャを先に描くから」  そう言うとミーシャは満足したように退いた。そしていつもの定位置に寝転ぶ。どうやら俺に来いと言っているらしい。 「徹?」  三木は身体を起こして俺を呼んだ。 「ごめんね、三木。ミーシャに呼ばれちゃった」 「は?」  俺はいそいそとミーシャの元へ移動する。 「ちょ、ちょっと!僕を描いてくれるって言ったじゃん!」 「ミーシャが先だよ」  そう言うと三木はグッと黙った。飼い猫には甘いらしい。  俺が床に座ったままミーシャを描き始めると、三木はソファから降りてきて俺の後ろにぴたりと寄り添って座った。そしてそのまま俺を後ろから抱きしめた。 「三木、それじゃ進まないよ」  三木は何も言わずに頬を寄せてきた。 「……終わらないと三木を描けないし」 「別に急いでないからいい。このままでいい」 「甘えただなあ」  俺は仕方ないのでそのままにさせておいた。 「───もうどこにも行かないで」  三木は自分ではああ言ってたけれど、やっぱり寂しがり屋なのかもしれない。 「帰るとこもないし。三木さえよければずっといるよ」  それを聞いた三木の腕にはさらに力がこもった。少し苦しいくらいだ。 「───俺の方こそ置いてくれてありがとう」 俺がそう言うと三木は耳元で溜め息をついた。 「やっぱり分かってないよね。そろそろ気づいて欲しいのですが」 fin
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