番外編

2/11
前へ
/91ページ
次へ
 朝から母さんが落ち着かない。 「あー、またやっちゃった!」  今度は何をしたんだろう。さっきからバタバタして、皿も割ってる。音がしなかったから皿を割ったわけじゃなさそうだけど。ああ、なんか買い忘れてたみたいだ。  今日は兄貴が帰って来る日。  まあ、兄貴はどうでもいい。一ヶ月に一度は絶対帰ってくるし、呼べば嫌々ながら顔は出してくれる。  問題は今日一緒に来る人物だ。  俺の憧れの蒼兄(そうにい)。親父同士が一緒に起業して、兄貴と同級生。いっとき家に一緒に住んでいたらしいけど。兄貴とは違って繊細な美人。男に美人っておかしいけどな。兄貴もそこそこイケメンだとは思うけど、蒼兄はクールで他人を寄せ付けない感じ。けど俺には優しかった。その見た目とのギャップにやられた。俺の憧れの人だ。その蒼兄が久しぶりに遊びに来るのだ。まあ、だから俺もこうやってわざわざ家にいる。  ただ気になるのはもう一人来るってこと。どうやら蒼兄と一緒に住んでる“家政夫“らしいけど。母さんはその人に会うのを楽しみにしてるみたいだった。俺は正直なんで一緒に来るんだろうなって思ってる。 「ただいま〜」  玄関から大きな声がした。兄貴だ。  母さんが廊下をパタパタと走って行く。俺もサビ猫のトラと遊ぶのを止めて玄関へ向かう。 「おばさん、お久しぶりです」  蒼兄の声がする。 「は、初めまして。み、水沢徹っていいます。黒田……くんとは高校の頃の同級生で」  ああ、“家政夫“ね。 「はじめまして!(れん)の母です!よろしくね」 「蓮……?」 「俺の名前だ」 「兄貴!蒼兄!」  俺は前に出た。 「(みなと)!久しぶり!」  蒼兄は俺を見るとそう声をかけてくれた。相変わらず美人だ。背も兄貴に負けないくらい高いのに兄貴みたいな威圧感を感じない。色素が薄くて異国の匂いがする人だ。 「また大きくなった?」  そして優雅に微笑む。鼻筋が通っていて睫毛も長くて、まるでヨーロッパの絵本に出てきそうだった。 「まあ。でもそんなに変わらないよ」 「じゃあ筋トレでもした?前とは感じが違うかも」 「うん。身体が資本だからね。身体作りはしてるかも」  偉いね、蒼兄はそう言ってにこりと微笑んだ。あー、なんだかいい香りがしてきそうな感じ! 「は、はじめまして。水沢っていいます」  蒼兄の隣のちんまい奴が頭を下げた。 「どうも」  俺も頭を下げる。兄貴と蒼兄の同級生っていうから、もしかして……って思ったけど、やっぱ違った。良くも悪くも普通じゃん、コイツ。背の高さも顔面偏差値も普通って感じ。一回じゃ絶対覚えられない奴。ああ、だから家政夫なのか。  母さんが早くあがってと促す。兄貴と蒼兄はいつものように靴を脱いであがって行く。母さんが先頭で兄貴と蒼兄、そして俺。 「徹?」  蒼兄はふと足を止め、振り返った。徹と呼ばれた奴はなぜか玄関のところでしゃがんでいた。 「あ、ごめん」  そう言うと立ち上がった駆けてきた。蒼兄は奴の方に戻るように歩を進める。奴が合流するとするりと腰に手を回した。 「何してたの?」 「いや、あの、靴をね」 「俺ん家なんだから気にするな」  気づいたら兄貴も隣に居なかった。奴の隣で奴の頭をぽすぽすと叩いている。 え?なに?何かおかしくないか!?
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

424人が本棚に入れています
本棚に追加