番外編

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**  ハンバーグを作るとなると、まあ酷かった。  母さんはあの家政夫がお気に入りになったらしく(まあ、あれだけ素直に懐いてくれれば俺だって可愛がるかもしれない)、それこそ手取り足取り丁寧に教えていた。あの家政夫も母さんから貰ったメモ帳(スケッチブックは勿体ないって母さんがわざわざ持ってきた)に細かく書き込んでいる。  そこまではいい。ちょっと大袈裟だけど、ないことじゃない。  けど問題は兄貴と蒼兄だ。兄貴はずっと動画を撮っているし、蒼兄は後ろで鬼監督みたいに腕を組んで見守っている。いや、もうあれは警護の勢いだな。家政夫がちょっとなんかしようもんならハラハラしてる。ついでに『徹……大丈夫かな』とかずっと呟いている。いや蒼兄のほうが大丈夫か?  なんだか俺はお腹いっぱいになってしまって、今はトラと猫じゃらしで遊んでいる。見てるとこっちまで胸焼けしそうだ。俺は死んだ魚のような目になって猫じゃらしを振った。  家政夫は本当に楽しそうに母さんに教わっていた。確か母親はもういないって言ってたよな。母さんに懐くのはそのせいもあるのかもしれない。ニコニコと対応する姿は見てて悪いもんじゃなかった。母さんも生き生きしてるし。  姉貴は早々に結婚して海外に住んでいる。相手はフランス人だ。甥っ子と姪っ子にあたる姉貴の子どもはまーそりゃ可愛かった。ただフランスに居るからそう頻繁に会えるもんでもない。兄貴は通うのに楽だからって会社の近くにひとりで住んでる。俺はまだ学生なこともあって実家暮らしだけど、そうそう家に居ることはない。父さんも忙しい。  それで母さんは少し暇を持て余していることには気付いていた。働くことも考えたみたいだったけど、大学を卒業してからすぐに結婚して専業主婦だった母さんはどうしたらいいか分からなかったようだった。  だから母さんの楽しそうな姿を見るのは悪くないなって思ったんだ。  母さんと家政夫の作ったハンバーグは泣くほど旨かった。俺は肉そのまま食わせて欲しかったけどな。でもソースは悪くなかった。たぶん母さんの作るのより少し味が濃いめだった気がする。  蒼兄は上品だがパクパクと食べ進めていたし、兄貴にいたってはすぐおかわりした。 『黒田は配分がおかしい』って家政夫に叱られてた。そうだぞ、糖質ばっか多く摂っても良くないんだぞ。 「弟くんはどう?」  家政夫が俺に話を振ってきた。 「まあ、もとがいい肉だから」 「そ、そうだよね。あの、味濃いかな……?」 「あー、少し」 「そっか」 「でも普通じゃね?俺は味は薄めが好きだけど、男だったらこのくらい濃いのは好きだと思う。ソースだけで飯食えるし」 「だろ?」  いや、兄貴は食い過ぎ。いくら会社が休み日に動いてるって言っても限度があんだろ? 「隠し味にお味噌とかお醤油を使うっていうのも面白いわね」 「あ、婆ちゃんがそんな感じだったんで」 「お醤油やお味噌もいいけど塩麹とかもいいかもしれないわね」 「あ、俺も塩麹とか気になってたんですけど、使い方がイマイチ分からなくて」 「え?聞いてない」 「聞いてないって何が?」 「徹が塩麹が気になってるって」 「お前、塩麹の話も聞きてえの!?」  兄貴が蒼兄に呆れたように言った。確かにそれは俺も兄貴に同意するわ。 「徹が何に興味があるか知っておきたいの!」 「流石に塩麹の話は知らなくていいだろ」 「知ってたら塩麹の美味しい店に行ったりとかお土産に買ってきたりとか出来るだろ?」 「そりゃそうだけど」 「徹のことはなんでも知りたいわけ。そうじゃなくてもあんまり自分のこと言わないから」 「それはそうかもな」
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