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母さんは自分の専用キッチンで軽めのツマミを用意している。家政夫はここのキッチンで何やら作り始めた。
過保護スイッチの入った二人はすぐに父さんたちに呼ばれて、いまはソファに座らされて仕事の話をされていた。あの過保護ぶりを父さんたちに見せなくてよかったけれど。俺は仕方なく家政夫の補助に入る。
「あー、分かんないこととかあったら聞いて。手伝うから」
俺は嫌々言った。
「うん。ありがとう」
家政夫は俺を見て愛想よく笑った。
…………。視線が痛い。おい、仕事の話に集中しろよ、そこの過保護二人!家政夫が何か話す度に視線を寄越すのはやめろ。
家政夫は冷蔵庫から豚肉の細切れを出して、手際よくクルクルと巻いていく。へえ、確かにそうすると塊になって食べごたえありそう。玉ねぎもパプリカも手際よく切っていく。
「お婆ちゃんに教わったわりに、パプリカとか知ってんじゃん。ハイカラなお婆ちゃんだった?」
「これは大家の婆ちゃんじゃなくて、テレビで見たやつ」
「料理番組とか見てんだ?」
「うん。本とか見てもあんまりよく分かんないから。テレビの方がいいなって」
「ネットは?」
「ネット?」
「スマホとかで見れんじゃん?」
「スマホの使い方とかよく分かんなくて」
家政夫は困ったように笑った。そんなの兄貴とか蒼兄とかに聞けばよくない?なんか二人に気を遣ってるのか?
「あの、湊くん。白ワインってどれかな?どれ使っていいの?」
わ。なんか名前で呼ばれると動揺するな。
「母さんはなんて?」
「好きなの使っていいって」
「じゃあこれでいいんじゃん?」
俺は適当なカリフォルニアワインを取り出した。高そう……って家政夫は呟いたけど、カリフォルニアワインだぜ?そんなしないだろ?
「あとブイヨンってどこだろう」
「ああ、あっちの棚にある。取ってやるよ」
「大丈夫、俺の方が近いし……うわっ!」
家政夫が手を伸ばしてバランスを崩した。俺は慌ててその身体を受け止めた。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ごめんね。背伸びしたらバランス崩しちゃって」
「だから取ってやるって」
「───なにしてるのかな?」
振り返ると……ニッコリ笑った蒼兄が立っていた。
氷の微笑ってこういうことをいうんだなって俺はぼんやり思った。
「なんでもないよ」
「じゃあどうして湊とそんなに密着してるのかな?」
「俺がバランス崩しただけ。助けてくれたの」
へーと蒼兄はなんの感情もなく呟いた。
「三木はどうしてここに来たんだよ?仕事の話してただろ?」
「今は黒田の話になってるから」
蒼兄はそう言うと俺と家政夫をベリッと離した。
「そんな危ないことしなくていいって」
そう言うと家政夫を後ろから抱きしめた……う、ううん!?
「俺が三木と黒田のお父さんに作りたいんだから」
家政夫はそう言い放つとまた料理に取り掛かった。蒼兄はまだ家政夫にくっついたままだ。
は?なんなんだ、これ?しかも家政婦はそんなこと全く気にしないで続けてるんだが。
お、俺はなにを見せられてるんだ?
「三木」
そう声がしたかと思えば、兄貴が蒼兄の首根っこを引っ掴んでいた。
「いい加減戻ってこい。俺だけに親父たちの相手させるな」
「徹が心配だから」
「だからって後ろに引っ付いてたら邪魔だろうが」
「あ、別にいつものことだから平気」
家政夫は涼しい顔で言った。
あ……いつもなんだ?
結局、蒼兄は兄貴に連れ戻されて行ったけど。兄貴は去り際『お、美味そう!』って言って家政夫の頬にチュって音立ててたけど。なんなの!?海外ドラマなの!?
しかも家政夫は何事もなかったように料理続けてるし。
「なあ。兄貴と蒼兄っていつもこんな感じなのか?」
「こんな?ああ、そうかな」
そうなんだ……。
いやいやいや。おかしいだろ!?
「あの、なんていうか、変じゃね?」
「変?そうかな?俺、家族でそんな過ごしたことないからよく分かんないけど、こんな感じじゃないの?」
いや、違うと思うぞ?
「邪魔だろ?」
「うーん、慣れたから平気」
慣れたのかよ!?
「そろそろ出来そう。味見お願いできるかな?俺、こういうのよく分かんないから」
そう言って俺にスプーンを差し出してきた。いわゆる“アーン“ってヤツだ。俺は躊躇したものの(視線で殺されそう)、家政婦が小首を傾げるものだからつい口を開けちまった。
「……どう?」
「ああ、美味いんじゃねえの」
「ああ、よかった!」
家政夫は嬉しそうにはにかんだ。
あ……なるほど。兄貴と蒼兄の気持ちが少し分かった気もするわ。いや、絶対言えないけど。
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