第一章

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 三木は一気にビールを呷ると、キッチンに向かって行った。 「お腹空かない?僕は空きすぎちゃって、そんな食べたくもなくなっちゃったんだけど」  三木は棚を開けて何かを探しているようだった。だったら彼女と食べに行ったらよかったのに。けど余計なことを言うのはやめた。また面倒なことを聞かれそうだったからだ。  お茶漬けでいい?と聞いてきたので、俺は適当に頷いた。三木は棚からご飯のパックとお茶漬けの素みたいなのを取り出すと、ケトルでお湯を沸かし出した。そしてご飯のパックをそのまま電子レンジへ─── 「ちょ、ちょっと待った!」  俺は慌ててキッチンに走った。 「こういうのって端っこを捲ってから電子レンジに入れるんじゃないの!?」 「え?そうなの?」  三木はへえって顔で俺を見た。 「もしかして三木って料理やらないのか?」 「あ、うん。必要ないし」  そうかそうか……そうじゃねえ!どうせほとんど外食で(しかも彼女と)、家でもたくさんの彼女がやってくれそうだもんな。たくさんってのは嫌味だぞ、ちなみに。 「……俺がやる」  俺は三木からご飯のパックを取り上げ、電子レンジで温め始めた。そして勝手に戸棚を開けて茶碗を取り出す。しゃもじはどこかな……適当に引き出しを開ける。ああ、あったあった。ちょうど電子レンジが鳴った。俺は火傷しないように注意して、しゃもじで軽く切ってから茶碗に盛る。その上にお茶漬けの素らしきものをかけようと……これ、鯛茶漬けじゃねえか!?しかもフリーズドライ!高いやつだ、これ……。ケトルの音が鳴る。俺はそっとお湯をかけた。 「へー。徹は料理できるんだ?」  これ、料理か?それはさておき…… 「ああ。ウチ母子家庭だったから、一応できる」  三木はそれには何も答えなかった。そしてダイニングテーブルの椅子に座った。俺は箸を探してると、しゃもじの下の引き出しに割り箸が入ってると三木が教えてくれた。  俺は三木の目の前にお茶漬けと箸を置いた。そして俺も向かい側に座った。 「いただきます」  三木はそう言うと綺麗な所作でお茶漬けを食べ始めた。こうやって見てると、三木は俺とは別の物を食べてるみたいに見えた。  俺も食べ始めた。うまー。さすが高いお茶漬けは味もかなり上品だ。 「徹は、なんで学校を辞めちゃったの?もしかして俺のせい?」  俺はお茶漬けが変なところに入って咽せた。それ、今聞くか?せっかく美味いものを食ってるのにそりゃないだろ? 「大丈夫?」  三木はティッシュを俺に渡してくれた。  俺は答えようにも答えられなかった。 「夏休みに入る前の日、僕、なんか言っちゃったでしょ?それを気にしてたのかなって……それだったらごめん。悪かった」  つか、何を言ったのか覚えてないのかよ?それで謝るとか……  ───ホント、お金持ち様って言うのは自分勝手だよな。謝るのだって自己満足だろ?自分の気持ちを納得させたいだけなんだろ?  俺は胃の奥の方がジクジクと痛む気がした。  どうして飯くらい気持ちよく食わしてくれないんだろう。そしたら自己満足にいくらでも付き合ってやるのに。 「……気にしなくていいよ。それが理由じゃないから」  俺はとりあえずお茶漬けを食べるのを再開させた。早く食べ終えてしまわないと、また何を言われるか分からない。  行儀が悪いと思われるだろうけど、俺はお茶漬けを掻き込んだ。  ご馳走さん……そう言って顔を上げると、三木は俺をじっと見つめたまま箸が止まっていた。  自分のせいじゃないって理由が欲しいってか。 「母さんが死んだんだ。母一人子一人だったし、カネもなかったから高校は続けられなかった。それだけ」  三木はそれでも俺を見つめたままだった。 「……担任の岩谷にはすごくお世話になって。そのおかげでそれから通信制の高校に行ったんだ。岩谷から聞いてない?」  絶対に岩谷は言ってないだろうけど、話に信憑性を持たせるために俺は言った。嘘じゃないしな。 「聞いてない」  三木はそう言うとぼんやりしながらボソボソとお茶漬けを食べ始めた。 ああ、自分のせいで俺が辞めたって思ってたから、ここまで連れて来てくれたのか。それなら合点が行く。まあ、ありがた迷惑だけどな。  三木が食べ終わったらとっとと出て行こう。予想と違って悪かったな。 「ごちそうさま」  三木は小さな声でそういうと箸を置いた。綺麗に平らげていたけど、途中から明らかに無理に食べてたからなあ。  俺は俺の茶碗と三木の茶碗を流しに持って行って、ササっと洗った。  さて───。 「俺、帰るわ」  俺は丸めてあった寝袋をリュックに無理やり詰めた。  リュックを背負おうと思って手をかけた。  その手を掴まれる。 「帰る家ないんでしょ?」  三木が唐突にそう言った。  いや、まあそうだけど。だからってここに居る理由もないし。 「仕事は?」 「……日雇い、かな」 「明日は?」 「明日はないけど」 「じゃあここに泊まっても問題ないよね?」  いや……そりゃないけど。泊まる理由はもっとないんだが。  っていうか俺の手を掴む力がハンパないんだが。痛い痛い。 「いや、泊まる理由ないし」 「なんで?久しぶりに会った同級生と宅飲みするんだから、話すこととかいっぱいあるよね?」  いや───俺はないけど。もしかして自慢話でも聞かせたいのか?自分がいかに人生上手くいっているのか話したいのか?けど、俺に話しても仕方ないと思うけど。完全に三木の方が勝ってるし。  それとも友達いなくて、自慢する人がいないとか?高校時代の三木を考えたら、それも少し不思議な気がした。三木には人を惹きつける魅力があった。  まあいい。ビールとお茶漬けの恩もある。自慢話くらい聞いてやるか。 「……まあ、三木がいいなら」  俺がそう答えると三木は掴んだ手をパッと離した。そして嬉しそうに笑った。 「じゃあ、まだ飲むよね。座って!」
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