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嘘……ない? 忘れた? マジで?
不穏な台詞が背後から聞こえる。チラリと振り向けば、課長が珍しく焦っていた。向かいに座る連中も気付いて耳をそば立てている。課長は慌ててスマホを取り出し、入力していた。誰かに連絡しているんだろう。入力が終わると一分ほど落ち着きなかったが、すぐにスマホを手に取った。
「メッセージみた?」
だったら最初から電話すればいいのに。
課長はうんうんと頷いている。
「ホントは取りに戻りたいんだけど、会議が何時に終わるか分からなくて。午後にはそれ取りに来ちゃうんだよね。え? ホントに!? いや、やっぱダメ。徹に来てもらうわけには行かないよ。だって来れないでしょ?いや……だからそうじゃなくて」
“トオル“という言葉を聞いて、僕の並びに座る魔女たちも急に喋るのをやめた。みんな気になってるのだ、噂の“トオル“さんを。
「……じゃあ、地図送るから。なんかあったら絶対連絡して! 会議? そんなの関係ないから。え? 黒田もダメ。会議でてるから」
黒田課長は会議でダメなのに、自分はいいのかよ!?
課長は電話を切るとすぐに地図を送ったようだ。そしてまたすぐに電話をする。
「地図届いた? 分かる? もし分からなかったら、改札でる時に駅員さんに聞いて。たぶん会社の名前言えば分かるから」
いや、今どきのマップ見たらすぐに分かると思うけど。そんなに方向音痴なの“トオル“さんって?
課長があまりにグダグダ言ってたらどうやら電話を切られたらしい。課長は画面を見つめていたが、溜め息をつくとどこかへ内線をかけた。
「VC課の三木だけど。僕宛てに封筒を持った人が来るから、それ受け取って置いて。名前? そんなの関係ある!? ……水沢徹」
課長がそういうと、ウチの課の連中が一気に色めき立つ。目配せ大会みたいになっていた。
「受け取るだけでいいから。……案内しなくていい。受け取ったら帰ってもらって」
どうやら受付に電話していたようだ。課長は慌てて電話を切るとバタバタと用意を始めた。
「なあ、いま徹ちゃんの名前言ってなかった?」
運悪く黒田課長がやって来た。
「──言ってない」
「そうか? 空耳か。三木、そろそろ会議行くぞ」
黒田課長は耳ざといし、課長も何故か本当のことを言わなかった。仏頂面で準備を始める。
「……やっぱ言ってたよな?」
「言ってないってば。もう行くよ。……じゃあ行ってきます」
課長は黒田課長の背中を押すと、そのまま出て行ってしまった。
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