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結論から言うと、三木が俺に自慢話をすることはなかった。その代わりに質問責めだった。母親が死んでからどうだったの?高校は通信制ってどこ?岩谷とはどんな話をしたの?卒業はいつしたの?進学をしようとは思わなかったの……。
俺の何が気になったのかは知らないが、どうしてそんなに知りたいんだ?
「って言うかさあ、路上生活してるわりには綺麗な格好だよね?」
「ああ、路上生活始めてまだ一ヶ月だからな」
「それまでは?」
「母さんが死んでからずっと同じアパートに住んでたよ。月四万五千円。大家のお婆さんが俺の家の事情を知ってて、ずっと家賃を上げないでいてくれたんだよ。それで俺も安心して住めた」
よんまん、ごせんえん……三木は小さく繰り返した。まあ、三木は聞いたことのないような家賃だろうな。
「けどそのお婆さんがポックリ逝っちまって、その息子夫婦ってのが出てきてさ。取り壊してマンション建てるから出て行ってくれって。よければそのマンションに優先的に入れるように出来るけどって言われたけどさ、月十二万っていうから。それは払えないし。で、ちょうど同じ頃、ずっと働いてた派遣先に切られちゃって、仕事も住むところも一気に無くなったってわけ」
そう。本当にパニックだった。働くところは住むところがなけりゃ決まらないし、住むところは働かなきゃ決まらない。しかも保証人になってくれる人もいなかった。
それで俺は路上生活をすることになったのだ。
カネもないから携帯も無くなってしまった。運がよかったのはあのキャバクラのプラカード持ちの仕事にありつけたことだった。毎日あるわけではないが、一応毎日事務所に顔を出して、仕事があるかどうか確認する。そこで少し稼げれば最悪一週間は暮らせた。そして今日は久しぶりに仕事にありつけたというのに。
「じゃあ、住むところと仕事に困ってる?」
三木は意外にもそう言った。なるほど。もしかして三木はスカウトだったか?どおりで大して仲良くもない同級生によくしてくれるわけだ。どこに働きに行かされるんだ?できればそんなにキツくないとこのだとありがたいんだが。
「紹介してくれんの?」
「まあ、紹介っていうか」
「一応建築現場では働いたことはある。ただ漁船には乗ったことないぞ」
「は!?」
三木は驚いたような顔で俺を見た。ん?何かおかしなこと言ったか?
「漁船に乗りたいってわけじゃないよね」
「んー。多分船酔いすると思う」
三木は頭を抱えた。
「もしかして僕が漁船とか紹介すると思った?」
え?違うの?
三木は顔を上げると俺をじっと見つめた。
「ウチで働かない?ここに住み込みで」
「は?」
「仕事はこの家の家事全般とボディガード」
家事……とボディガード!?
「僕、ストーカーされてんだよね」
三木はいい笑顔でそう言った。
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