番外編 初めてのおつかい

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「──聞いたか?」  口火を切ったのはこの課のホープ、深田だった。 「聞いた!“トオル“さん来るんだろ?でも会えねえじゃん」  隣に座る浅井が答える。深田と浅井は企業相手の仕事をしていて、なんというか陽キャでウェーイ系なところまで同じだった。 「そこはなんとでもなるっしょ。課長はどうせ会議なんだし」  深田は受話器を取り、番号を押した。 「あ、VC課の深田です。さっきウチの課長から内線あったでしょ?……そうそう。そうなのよー、なんか会議でテンパちゃった感じ?だからさ、書類届けに来たら連絡欲しいのよ。俺が案内するからさ。じゃ、頼んだよ!」  テンション高くそう一気に言うと受話器を置いた。 「……深田?」  浅井が呟いた。分かる、分かるぞ、その気持ち。 「どうせバレたところでそんな怒られるもんでもないだろ?ちゃんと仕事さえしてりゃ問題ないって!」  まあ、そうだろうなってみんな思ったに違いない。その時は。  浅井だって『そりゃそうだな』って納得してたし。  それから内線が来るまで僕たちは落ち着かなかった。魔女たちはコソコソどころか結構大きな声で『楽しみー!』って騒いでたし、僕の向かいに座る二木さんも心なしかタイピングが早くなっている。深田と浅井に限ってはもう椅子に座ってすらいなかった。机に凭れたまま、いつでも出撃できますみたいな体勢だった。  僕たちVC課は新しくできたばかりの課だった。VCは『VIP Customer 』の略。文字通り特別なお客様のための課だ。もともとこの会社には営業一課・営業二課がある。一課は大手企業を相手にしている。大口の取引も少なくない。創業当時からあるから歴史も古く、やっぱり先鋭揃いだ。二課は中小企業を主に取引先にしている。それにネット事業部と共に一般顧客も対応してる。僕たちVC課は二課のVIPな顧客用にできた課といってよかった、最近までは。  僕たちはVIP顧客のためのサイトを運営している。流行りのライフスタイルなんかを提案して、そこでさりげなく商品も扱ってますよ的な感じだ。その素敵なライフスタイルを提案するのに二百万もするアンティークテーブルだの、何百万もする電球の傘(ペンダントライトとかいうらしいんだけど)を取り扱っている。もちろん家具だけじゃなくて、服やら靴やら小物やら。そしてやたらアンティークだの一点ものとかが多い。 それを企画して買い付けの手配までやってるのが、僕の並びに座ってる魔女二人。インフルエンサーだかなんだか知らないけど、SNSのフォロワーが何万人っているらしい。確かに二人とも美人だ。どこでどうやって知り合うのか、やたらバイヤーとかデザイナーの知り合いが多い。そして何故かいろんな人のいろんなネタを知っている。それはスマホではなくて、可愛らしいピンクの手帳に書き込んでいるらしいから、僕はそれを『黒革の手帖』と呼んでいる。  その魔女二人が企画して買い付けて、写真や動画を撮る。それをサイトに作り込むのが僕の仕事だ。  深田と浅井は売り込みたいって企業や取り扱いたいって企業の対応をしている。最近は問い合わせが多く、二人とも忙しい。それをサポートしてるのが向かいに座る二木さんだ。二人とも書類作成なんかが苦手だから、ほとんど二木さんがやってると言っても過言ではない。二木さんは派手な魔女二人と違って、地味な存在だ。眼鏡っ子で化粧っ気もほとんどなくて、髪も後ろで一本の三つ編みにしている。いつもパソコンと闘ってるイメージしかない。そういうところは僕と同じだった。おまけに二人ともどちらかというと陰キャだ。  少数先鋭、それが三木課長を筆頭とする営業部VC課だ。  最初はトライアルというか二課のオマケみたいな扱いだったのに、今じゃ二課の売り上げを抜いてしまった。業務範囲は全然比較にならないが、ウチの単価がバカみたいな金額だからだ。  三木課長は社長のご子息だ。最初は正直みんな舐めていた。ボンボンの道楽とか陰口を叩かれていたし、僕らもそれを否定しなかった。けれど一緒に働いてみれば、めちゃくちゃ仕事のデキる人だったのだ。しかも決断も早ければ、自由にやらせてくれるし、責任は取ってくれる。まさに理想の上司だった。だから今ではこの課で働きたい人は多い。  ただ一つの謎を除いては──。  課長はある時からやたら“トオル“と言い出した。そして弁当を持ってくようになった。魔女二人が結婚間近かと探ってみれば、今度は同じ弁当を一課の黒田課長が持って来るようになった。しかもその弁当を持ってくるようになってから、黒田課長がミラクルみたいな契約ばかり取ってくる。  こんな状況で僕たちは“トオル“の存在に興味を持たざるを得ないじゃないか。しかも刺されそうだった課長の命の恩人だという。一体どんな人なんだろう。深田や浅井じゃなくても気になって仕方なかった。
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