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「あの、俺、家政夫なんで名刺とかなくて」
「ではお名前書いて頂いてもいいですか?芳名帳のようなものですね」
二号はサラッとよく分からないことを言い、ピンクの手帳を差し出した。それって黒革の手帖じゃん! いやもうすでにデスノートの領域か!?
ここに書けばいい? とか聞いてるけど、そんなもん聞いたことないし。絶対どんな字を書くかとか漢字名とか知りたいに違いない。トオルさんは疑うことなく、手帳に名前を書いた。
『水沢 徹』。そう小さな字が書いてあった。
「俺、字が汚くて」
「いえ。お名前いただければ大丈夫ですから」
二号はにこりと笑った。
「家政夫ってどんな仕事をしてるんですかぁ? いろんなお家に行ったりするんですかぁ?」
一号はさっき聞いた情報にすかさずツッこむ。確かに気になるところだ。
ちょうど深田と浅井がお茶を淹れて戻ってきた。結構な時間かかってたぞ? 絶対二人でなんだかんだ言ってただろ!?
お茶を目の前に置かれた徹さんは軽く頭を下げた。
「えっと、なんでしたっけ?」
「課長の家の他にいろんなお家に行ってるんですかぁって話ですう」
「基本的には三木の家のことしかやってないんですけど、週一回は三木のお父さんの家のことをやらせてもらってます」
「「お父さん……」」
魔女二人の声が揃う。
てか、それって社長の家ってことだよね!?
「しゅ、週六日課長の家に通うっていうのも大変ですよね?」
「えっと、三木の家には住み込みで働かせて貰ってるから」
魔女二人は目を丸くして、すぐにコソコソと話し出す。『通い妻っていうよりもはや同棲じゃないの』とか『親公認とか最強』とかなんだか不穏な言葉が漏れ聞こえる。
「家政夫ってどんなことやるんすか?」
深田が面白がって入ってきた。
「料理作ったり洗濯したり掃除したり。あとは生活必需品を買い出しに行ったりかなあ。三木は部屋をあんまり汚さないからそんなにやることもないんだけどね」
『それって専業主婦っていわない?』
おい、聞こえてるぞ。
「もしかして黒田課長の弁当とかも作ってたりします?てか黒田課長とはどういった関係ですか?」
浅井が真顔で詰め寄る。浅井は黒田課長のガチ勢だ。
「え? 黒田? 黒田とは高校の時の同級生で……」
「じゃあ俺にとってもセンパイじゃないすか!俺、黒田課長の後輩なんすよ。高校の部活の後輩で浅井っていいます!」
「あっ! そうなんだ?じゃあ岩谷も知ってる?」
「知ってます! てか嫌になるくらい知ってます!」
「俺、岩谷にはすごくお世話になったから」
「そうなんすか! じゃあやっぱセンパイっす」
浅井が嬉しそうににじり寄って行くと、徹さんは困った顔をして笑った。
「俺、高校卒業してないから。二年で辞めちゃったんだよ。だから先輩ってわけじゃないっていうか」
え? なんで辞めちゃったんすか? と浅井はぐいぐい突っ込んでいく。これだから陽キャは苦手なんだよな……。
「えっと、か、母が亡くなってお金がなかったから続けられなくて……」
「マジすか! え?親父さんは? それからどうしたんすか?」
徹さんは浅井の質問に辿々しく答えていた。
『母親を早くに亡くすとかいうところの境遇が似てるかあ』とか魔女たちは納得している。いやこれ誰か止めた方がよくない!?
だいたい浅井は黒田課長に憧れ過ぎていて、とにかく黒田課長贔屓だ。今でも黒田課長と一緒に一課で働きたいって公言している。だから徹さんと黒田課長の接点に興味があるんだろうけど。
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