番外編 初めてのおつかい

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「え!? 二木ちゃん、彼氏できた!?」 「誰? 知ってる人!?」  あ。魔女たちがすごい勢いで食いついてきた。 「きんぴらなんて安くスーパーで売ってるし。わざわざ美味しいのを作りたいなんて、大切な人に食べて欲しいからだよね?」  徹さんがそう言うと、二木はチラリと視線を遠くに移して慌てて戻した。 「最近あんまり食欲がないみたいで。痩せてしまって、心配してるんです」 「そっか心配なんだね」  徹さんは優しげな眼差しで二木を見た。その顔はとても綺麗だった。 「──っていうか……」 「まさかの……」 「「ハゲ散らかし課長!!??」」  え……? マジで!?  つい振り返ってしまう。あ、いない……そういえば会議だった。  ここ営業部のフロアは奥から一課、二課そしてVC課となる。二木さんがチラリと目線を向けたのはほとんど人が出払った二課だった。そして間違いなく窓際のデスクを見た。窓際の座っているのは課長しかいない。  それから二木さんは魔女たちの口撃にあうことになった。 「いつから付き合ってるの?」 「いえ、あの、まだお付き合いはしてないっていうか、私がいいなって思ってるっていうか」 「まだ告白してないんだ? っていうか告白とかいる?」 「そういえば二人でよく残業してたよね!? まだハゲから何にも言われてないんだ?」 「羽田課長には、まだどう思ってるかとか聞いてないし……」 「いや、二木ちゃん可愛いよ? もっとお洒落して、化粧して、コンタクトにしたら全然違うって!」 「そうだよ。むしろハゲが土下座してお願いするレベルだよ?」  おいおいおい、なんか聞いてはならぬものを聞いてしまっているような。  僕が徹さんをチラリと見ると、徹さんと目が合った。困ったように笑っている。なんか隠キャのシンパシーを感じるというか。 「その……は、羽田課長さんってなんか体調悪いんですか?」  徹さんは僕に向かって小さな声で聞いてきた。 「そう、ですね。たぶんストレスだと思うんですけど」 「痩せてきてるって」 「まあ、もともと痩せてるんですけど、確かに最近また痩せたような?」  そうなんだ、と徹さんは呟いた。  羽田課長は営業二課の課長だ。  もともと三木さんは二課に所属していた。黒田さんは一課。二人とも一課と二課の次期課長って噂されてた。  部長は一課出身で、部長代理は二課出身。部長代理は三木さんのことをあまり良く思っていなかった。自分の思い通りにならなそうな人物だったからだ。それで新しい課を作って課長にさせた。たぶん失敗させたかったんじゃないかと思う。けれど目論みは外れて、VC課は今では二課を追い抜いてしまった。部長代理は面白くなかったんだろう。二課の羽田課長に業績を上げるよう強く指示したんだ。羽田課長がストレスマックスなのは言うまでもない。  羽田課長はもともと小柄な痩せ型な人で、四十代らしいんだけど一度も結婚したことはないと聞いている。ストレスのせいか禿げの進行が半端なく、しかもいつも忙しいせいか髪型とかにあまり頓着していない。それでついたあだ名は“禿げ散らかし課長“。  というか性格だとは思うんだけど、わりと一人で抱え込むタイプだ。仕事も他人に振れないところがやっぱり結果の差として出てるんだと思う。
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