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午後は仕事が捗っているというかなんというか、取引先に書類を渡しに行って戻って来た課長はもの凄く機嫌が悪かった。僕たちはなんだか居心地の悪さを感じる。そんな課長は見たことがなかったからだ。
夕方くらいになると一課も二課も人が増えて、活気が出てくる。そんな時突然フロアがざわついた。
社長がまたやって来たのだ。社長は課長には目もくれず、真っ直ぐに羽田課長のもとに進んだ。羽田課長はすぐに立ち上がった。
「羽田課長。いつも頑張ってくれているね。でもそんなに気に病むことかな? 私たちは君の頑張りは分かっているつもりだよ? もし何か行き詰まっていることがあったら聞かせてもらおうかな」
羽田課長は驚きすぎて息してないみたいだった。
何故か社長に椅子に座るよう勧められている。社長はその辺から椅子を持って来て勝手に座っていた。気が付けば専務もやって来ていて、これまた何故か二課の連中にお菓子とか配り出している。お疲れ様って声かけてるけど、受け取った方は緊張してガチガチになっている。
「うまく数字が伸びないのはどうしてかな? 数字が高すぎる? それとも何か問題点があったりするのかな?」
社長は優しく言ってるけど、数字が達成できないのの問題はなんだって聞いてるようなものだ。社長は羽田課長の手元の書類を覗き込む。ピッタリくっつかれて羽田課長は変な汗をかいていた。
社長は書類を見て、ここはどうなのかな? とか質問責めにする。そして的確な指示を出していく。その華麗な進行具合に二課の連中は釘付けだった。
「そんなことしてたら二度手間でしょ? そういう時はこうやってね。纏まらない時は私に連絡してきて。一緒に行くから」
ひゃあああああと悲鳴が聞こえる。滅相もないです! と羽田課長は机に頭を打ちつけんばかりに何度も頭を下げた。いや、実際ぶつかってんじゃないかな。おでこ赤いし。
「そんなことはどうでもいいでしょう? 会社は業績が上がってナンボなんだから。私や専務を上手く使って。スピードが命だよ」
社長は羽田課長にニコリと微笑んだ。わー、イケおじの無敵スマイルってのもすごいな。なんか羽田課長は瞳をウルウルさせていた。
課長だけが小さく舌打ちをしていた。
社長と専務が去っていくと、黒田課長が課長のもとへとやって来た。
「──突然来たな」
恐らく社長たちのことを指しているんだろう。
課長はみるみるうちに更に機嫌が悪くなっていった。
「羽田課長なんて血色良くなったぞ。二課の連中なんてめちゃくちゃやる気になってるし」
「ホント、ムカつくよね」
課長はそう答えたけど、やっぱり二課が頑張って追い上げてくると気になるものなのだろうか?
「どうせ徹がなんか言ったんでしょ? それで慌てて来て自分達だけいい格好するなんてムカつく」
「まあ。徹ちゃんが言わなかったら知ることもなかっただろうからなあ」
「それでなんか評価が上がるとか面白くない。徹をそんなふうに使わないで」
「それもそうだな」
「課長も黒田課長も徹さんが絡むとなんだかポンコツだわ」
「まあ、そうね」
「徹さん、尊いっ……!」
ん? 前半はほぼ同意だが、最後なんか変な台詞が聞こえたぞ。前半の台詞は魔女たちなんだろうけど。
顔を上げると二木が拝むように手を合わせて、頬を紅潮させていた。
「羽田課長のあんな嬉しそうでイキイキした顔、久しぶりに見ました!」
「なんか変わった?」
「まあ、少し?」
「もう徹さんに足を向けて寝られませんっ……!」
どうやら二木の台詞は課長たちにも聞こえてたようで、課長は余計にブスっとして、黒田課長は困ったように笑っていた。
「少し徹さんに同情するわね」
「面倒くさそうな独占欲だわ」
そう言ってまたスマホに凄い速さで入力していた。
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徹さんは毎週火曜日、会社にやって来るようになった。社長直轄プロジェクトはゴリ押しで進めたようだ。部長と部長代理が愚痴を言ってたから。
徹さんは何故か必ずこのフロアに寄って行く。
「真っ直ぐ来なさいって言われてるんだけどな」
「ダメ」
何故か社長室に課長が連れて行くんだよな。いや、最悪僕と一緒に行けばいいだけなんじゃないかと思うんだけど。
「三木だって仕事があるだろ? だから大丈夫だって」
「ダメ。この仕事はもともとウチの課の仕事だったでしょ」
「こないだも早く出ていきなさいって言われてたじゃん」
「自分の課の仕事の話を聞いてて何か問題!?」
そう。送って行くだけならまだしも、普通に参加しようとしてたからね。流石に怒られてたけど。
「過保護すぎ」
「ホント」
魔女たちもいい加減呆れ気味だった。どうやらやはり裏垢に書き込んでいたらしく、社長室の手前にある秘書室を通るたびにザワっとするんだよな。あれは勘弁して欲しい。
「今日は迎えに行けないんだけど」
「だから大丈夫だって。三木は三木の仕事をしなよ」
これには僕も辟易している。課長はミーティングの終わる五分前から部屋の外で待っていて、時間ピッタリになると入室してくる。魔女たちじゃないけど、ちょっと過保護すぎると思う。
秘書室の人も入れなきゃいいのにって思うけど、たぶん面白がって課長を入れてるんだと思う。
「勅使河原、頼んだからね!」
いや……仕事の時より真顔で頼むの止めてもらえませんか?
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