番外編 初めてのおつかい

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「おい。アレ、見たんだろ?」 「うん。見たよ」 「部長に抗議するべきだろ。それとも社長に抗議してきたのかよ?」 「いや」 「いやって……。じゃあなんで社長室なんかに行ってきたんだよ?」 「社長にあの動画見せてどうするの? どうせ厳重注意で終わるでしょ? しかもどうせアイツがそんなつもりじゃなかったって言って終わりじゃん。社長だって半泣きで謝られたら、どうせ許すだろうし」 「ああ。アイツはいつもそうだもんな……」  部長代理の口の悪いのはいつものことで、すでにモラハラの域なのだが注意するとすぐに半泣きで謝罪するので有名だった。 「だからね、僕が部長代理の座を奪ってやろうと思って」 「はい!?」 「そもそもアイツは上に立つような器じゃないし。僕は別に気にしないからいいけど、徹にあんなこと言うなんて到底許されることじゃないと思ってね」 「いや、そりゃ分かったけど。で、社長はなんだって?」 「駄目だって言うからさ。じゃあどうすればいいですかって」 「で、どうしろって?」 「社長は駄目って言うし、僕も譲らなかったからみんな困ってたよ。そしたら専務が『じゃあ営業課の全部の課の売り上げを目標の倍にしたらいいって」 「はあ!?」  確かに僕たちも声が出そうになった。確かにVC課の売り上げは好調だ。そこはもしかしたら倍にもなるかもしれない。けれど一課は目標はクリアしているけれど、倍なんて数字はかなり難しかった。だが一番の問題は二課だった。ノルマはクリアできるようになっていたが、目標の数字をクリアするには至っていない。それが倍だぞ? 実質無理だと言ってるようなものだった。 「そんな人事なんて勝手に決めていいのか?」 「部長じゃなくて“部長代理“だよ? あってもなくてもいいポストだろ?」 「まあ、そうだけど。っていうか親父もなに言ってんだか……」 「で、黒田にも頑張って欲しいんだよね?」  黒田課長は一瞬嫌な顔をしたけれど、すぐに考え直したようだった。 「達成したらこの提案が断れないようにしてくれるんだろうな?」 「もちろん。あ、動画送ったから拡散しといて」  課長は僕らのほうを見てそう言った。  魔女たちの指捌きは見たこともないほど速かった。間違いなく社内の重要人物のもとに届けられたに違いない。 「ってことで協力してくれるよね? 黒田?」 「たまには本気出しますか」  黒田課長はそう言って肩をぐるぐる回し始めた。 「黒田課長の……本気……」  浅井が熱に浮かされてるように呟いた。おい、おかしなことになってるぞ。 「深田! まずは決まりそうな案件から片付けるから。明日、アポ取って。僕も行って決めちゃうから。もし他にそういう見込みがあるなら、いくつか持って来て。一緒に行く」 「はいっ!」 課長にそう言われて、深田は嬉しそうにウキウキし始めた。 「やべえ。課長の本気顔すげえそそる」  深田はやっぱりドMなのかもしれない。  黒田課長は一課に戻ると、すぐに一人一人呼んで見込みを立て始めた。そして一課に配属されたばかりの新人二名を呼んだ。どうやら二課の手伝いをさせるらしい。二課のホープを呼んで話をしている。 「いや、新人よこされても困りますって」  二課のホープは嫌な顔をした。それはそうかもしれない。 「大丈夫。俺が必ず同行するから」  浅井がピクリと反応した。二課のホープはそれを聞いて安心したように引き受けていた。 「いいなあ。俺も黒田課長に同行してもらいたい」 「浅井が目標の数字の三倍やってくれるんだったら、黒田に頼むけど?」 「やります」  即答かよ! どんだけ黒田課長好きなんだよ! っていうか課長も地獄耳!  僕は徹さんをチラリと見た。徹さんは羽田課長と共にほのぼのしていた。周りの殺伐とした空気にはまるで気づいていないようだった。ある意味、最強かもしれない。  徹さんはやっとひと息ついたみたいで、やっと課長に気がついた。 「三木。いつ帰ってきたの? 気がつかなかった」 「一生懸命仕事してたもんね。ところで何かあった?」  課長がそう聞くと徹さんはチラリと羽田課長を見た。 「ううん。大丈夫だと思う」 「そう? ならよかった」 「あの、誰かに呼ばれて怒られたりした?」 「いや。どうして?」 「ううん。だったら大丈夫」  徹さんは慌てて言った。羽田課長は徹さんに何か言ったんだと思う。部長代理は忘れっぽい人だとか何とか。課長が怒られないようにすると約束したのかもしれない。  徹さんは課長になにも言わなかった。  課長はニコニコしながら徹さんを見ていた。めっちゃ怒ってるように見えるのは気のせいだろうか? 「徹は何も相談してくれないよね」 「うん? 三木なんか言った?」 「いや。下まで送って行くよ。気をつけてまっすぐ帰って」  課長は徹さんの背中に手を回すとそのまま部屋の外へ連れて出て行った。 「……アレは過保護にもなるかも」 「自分で溜め込んじゃうタイプかあ。心配でしょうがないわね」 「課長も課長だけど、徹さんも徹さんかも」 「あー、課長の特性を全く理解してないって点ではね」  魔女たちはスマホを弄りながら話していた。きっと今のも裏垢に載せるんだろうなあ。
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