第2話 【勇者と魔王がいない世界で】

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第2話 【勇者と魔王がいない世界で】

「……っ」 「……伊織、大丈夫?」 「あ、ああ……」  目がチカチカして周りがよく見えない。それに頭も重たい。  一体に何が起きたっていうんだ。部屋の照明が壊れたとか?  まだ少しボヤける視界で、まだ俺の上に覆い被さってる蓮を見る。 「……え?」  俺は驚いて瞬きを繰り返した。  見間違いか?  それともあの光のせいで俺の頭がおかしくなったのか?  段々とハッキリしてきた俺の目に映ったのは、蓮だけど蓮じゃなかった。 「……エル」 「え? って、え!? 伊織?」  驚く俺のことを見て、蓮も目を丸くした。  どうなってるんだ。俺の目の前にいるのは、勇者エイルディオンの姿じゃないか。 「伊織、それ……」 「蓮、なんでその姿なんだ!?」 「いやいやいや、それは俺の台詞だよ。なんでお前、魔王の姿なんだよ!」 「は!?」  俺は自分の格好を見た。  これ、俺が一年前に異世界に転生したときの幼いクラッドの体じゃないか。さっきから頭が重いと思ってたのは長い髪の毛と角のせいか。  てゆうか、なんでまた俺小さくなってるんだよ。 『目を覚ましましたか』  急に声が響いた。男か女かも分からない、柔らかな声。  どこから聞こえてくるのか周りを見回していると、光り輝く球体のようなものが俺たちの前に現れた。  誰だ。何者なんだ。この真っ白で何もない空間は、何なんだよ。 「ガグンラーズ! 良いところで邪魔すんなよ!」 『申し訳ありません。緊急事態だったもので』  蓮が怒って声を荒げてる。  え、待って。お前、なんでそんな普通にしていられるんだ。  その前に、今なんて言った。ガグンラーズって、まさかこの声の主が神剣の声だって言うのか。 「ま、待てって。蓮、そんなこと聞いてる場合じゃないだろ」 「え? あ、そっか。ガグンラーズ、これはお前の仕業なのか?」 『ええ。お二人に頼みがあり、再びこの世界にお呼びしました』  そんな冷静に話を進められても困るけど、慌てても仕方ない。とにかく今はこの神剣の話を聞くしかない。 『魔王と勇者がいなくなってから、こちらの世界では1500年が経ちました。あの頃からアイゼンヴァッハは大きく変化し、かつて魔王クラッドが望んだように、人間と魔物との垣根は無くなったといってもいいでしょう』 「そうなのか。よかった……」  俺はホッと胸を撫で下ろした。  良かった。クラッドの願いは叶って。この一年、向こうの世界がどうなっているのか気になって仕方なかった。もう確認のしようがないから、知れてよかった。  ただ、こっちでは一年と少ししか経ってないのに向こうでは1500年も経過してるとか時間の流れが違いすぎる。  俺が向こうにいたときは魔物だったせいか、時間の流れとか体感時間も人間と違って何日何年経っていたのか分からないからどれくらいの誤差があるのか全く計算できないけど。 「それで、今になって俺達を呼ぶ理由は何だ?」 『……この世界にあってはならないものが現れたのです』 「あってはならない? どういうこと?」 『魔王です』 「え?」  どういうことだ。新たな魔王が生まれたって言うのか。  でも、なんで。あの世界にはもう勇者は生まれない。だってエルはもう蓮と一つになった。だから巡る魂がもう存在しない。勇者が生まれないってことは魔王だって生まれないんじゃないのか。 『正しくは、自称魔王です。本来の魔王の素質は持っていません。ですが、その者は恐ろしく強い。酷く歪んだ力でこの世界を滅ぼそうとしています』 「だから、勇者の力が必要ってことか? だったら俺はいらなくないか? もうクラッドの力も持ってないから、俺は役に立てないだろ」 『そんなことはありませんよ。貴方はもう一人の魔王。もう一人のクラッド・オードエインド。クラッドの全盛期ほどではありませんが、貴方にも力はあります。それに、貴方には重要な役割があります』 「そうなのか……それで、その自称魔王ってのは一体誰なんだ」 『……彼は、かつてクラッドが貴方にしたように、向こうの世界の者をこちらに呼び出しました』  ガグンラーズが言うには、俺のときみたいにアイゼンヴァッハの人間が俺らの世界にいるもう一人の自分と繋がり、こちらに魂を呼び出したということ。  ただ大きく違うのは、俺らの時と違って入れ替わったわけじゃない。そいつらは夢で繋がったことでコンタクトを取り、協力して異世界に転生させるってことをしでかした。  こっちの世界にいる体を仮死状態にしてアイゼンヴァッハに転生し、その魂をもう一人の自分ではなく別の体に憑依させたということ。つまり同じ人間が二人存在してることになっているということ。  そいつらが世界を滅ぼそうとしていて、おまけに勇者の墓から神剣を奪っているらしい。と言っても神剣を使えるのは勇者だけ。だから本来の力を発揮することはないが、人間も魔物もその神剣の力には勝てない。  だから、勇者の魂を持つ蓮が必要だということ。 「ガグンラーズ。なんでそいつらは世界を滅ぼしたいんだ?」 『転生者の性格がこちらの世界の者に影響を受けたようです。その者はとてつもない破壊衝動を持っています。その力が膨れ上がり、共鳴し、夢で繋がった。そしてこの世界に呼ばれた。その歪んだ力はどの属性にも当てはまらない、ただただ破壊する恐ろしいものです』 「なにそれ、凶悪な犯罪者とかなのか?」 『いいえ。貴方と同じ学生です』  俺たちは驚いて顔を見合わせた。  まさかそんな世界を滅ぼそうとしてる奴が俺らと同じ高校生だなんて信じられない。それも異世界にいるもう一人の自分に影響を与えるほど凶悪な精神を持ってるなんて。 「そ、それで……俺たちはそいつと戦って倒せばいいのか?」 『ええ。転生者は死者の体を乗っ取っています。なのでその体から魂を引き剝がすことが出来れば、彼の魂は元の世界に戻るはずです』 「引き剥がすって、どうやって?」  俺が聞くと、ガグンラーズは少しだけ黙ってしまった。  何か言いにくいことなのだろうか。相当ヤバい相手みたいだし、俺たち二人で勝てるかどうか。 『転生者が恐ろしい破壊の力を持っている理由。それはその者が乗っ取った体が本来持っていた力に影響されています。その者は、勇者から神剣を奪い、魔王の体をも奪っていきました』 「……まさか」  血の気が引いていくのが分かる。  体が尋常じゃないほど震える。  俺が呼ばれた理由は、それか。 『そうです。転生者は魔王クラッドの遺骨を乗っ取り、体を構成しました。すなわち、彼の体は紛れもなく魔王のもの。自称といえど、それは魔王であることに変わりありません。それゆえに、強大な破壊の力を持っています』  クラッドの体を利用してるのか。  ふざけるな。ふざけるなよ。  そんなの、許せるわけないだろ。俺は震える体を抑えようと、歯を食いしばった。 『魔王を倒せる唯一の力である勇者。そしてその体の持ち主である魔王と同じ魂を持つ貴方の力が必要なのです。二人の力が合わされば、必ずやその者に勝てるでしょう』 「わかった。そいつ、絶対に許さない。クラッドの体を悪用するなんて最低な奴ら、絶対に許す者か」 「ああ。俺も伊織と同じだよ。勇者と魔王が変えた世界を荒らされてたまるか」 『ありがとうございます。勇者がその者から神剣を奪ってくれれば、私の力は元に戻り、本来の能力を発揮できます』 「わかった。ガグンラーズ、お前は今どこにいるんだ」 『申し訳ありません。今の私にはそれすら分からないのです。今も貴方たち二人を呼び出すだけで精一杯でした』 「でもなんで俺、小さい姿なの?」 『貴方達に一番馴染みのある体を用意したつもりなのですが、駄目でしたか?』 「そう言われたら確かにこの体の方が馴染むけどさ……でもいくら千年以上だってるとはいえ、魔王が急に現れて大丈夫なのかな」 「前に使ってた変化の魔法使えば?」 「そうだな。面倒だけどそれしかないか」 『それでは、貴方達をアイゼンヴァッハに転移させます。どうか、この世界をお救い下さい……』  再び俺たちは光に包まれた。  絶対に許さないからな。クラッドは世界を滅ぼす力を持っていたけど、そんなことはしなかった。誰かが傷つくのが嫌だったからだ。  その体を使って誰かを傷付けるなんて絶対にさせない。  クラッドの体を取り戻す。  勇者と、蓮といれば絶対に勝てる。  世界を元に戻すんだ。
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