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第1話 「まだ2周目クリアしていないんです」
俺には何もなかった。
全てが空っぽで、毎日が虚しくて。
学校では虐めに遭い、家では親に心配させないように笑顔張り付けて。
何も楽しくなかった。
毎日毎日、ただ同じことの繰り返し。必死に自分偽って嫌なことをやり過ごしてばかり。
一生こんな風に生きていくのかな。そう思ってた。
あの日までは。
「……新作、出てたんだ」
何となく立ち寄ったゲームショップで見つけたゲームソフト。昔人気があったゲームの続編が発売されていた。ゲームは嫌いじゃない。嫌なことも夢中になってる間は忘れられるから。
俺はそのゲームを買って、すぐにプレイした。
翌日が休みということもあって、俺は夜通しで遊んだ。ストーリーやシステムはもちろん、登場キャラクターが魅力的で続きが気になってやめられなかった。
一番惹かれたのは主人公である勇者。王道のヒーロー像だけど、何事にも一生懸命でどんな困難にも立ち向かい、必死に前を向く姿が好きだった。
カッコいい。こんな人になれたら、毎日が楽しかったのかもしれない。
今だけ。ゲームをプレイしてる間だけは、俺が勇者だ。俺が主人公になれる。彼のようになれる。
「……今日はレベル上げだけにしておこうかな」
気付けば夕方過ぎていた。
今日一日、ずっとゲームしてたな。久々に充実した一日を過ごせたかもしれない。
明日からまた学校かと思うと気分は憂鬱だけど、帰ったらまた続きが出来る。それだけが今の俺の楽しみだ。
ーーーーーーー
それから数日。ゲームはクリアした。だけど俺は周回プレイを楽しんでいた。
追加ストーリーや後日談なんかもあって毎日飽きずにプレイできてる。ノベル、コミカライズも決まっていて、明日も頑張ろうという気力に繋がってる。
今日は思い切り腹を蹴られて苦しいけど、学校にいるときだけ我慢していればいいんだ。家に帰れば、ゲームがある。勇者が待ってる。勇者が、俺の心も救ってくれてる。
俺の勇者。現実が俺を救ってくれないのなら、せめてゲームの中だけでも。
――トン
駅のホームで電車を待ってると、不意に背中を押された。
いつもなら倒れる前にとっさに足で踏ん張れたかもしれない。でも今の俺は腹の痛みでそれすら出来ずにそのまま倒れて、線路に落ちてしまった。
起き上がれない。目の前にはもう電車が来ていた。緊急停止も間に合わない。
こういうとき、世界がスローモーションになるって本当なんだな。俺を突き飛ばしたであろういじめっ子たちは俺がまさか落ちるとは思ってなかったのか顔が青ざめて慌てふためいてる。
ざまぁみろ。俺の口角は自然と上がり、この世の終わりに微笑んで見せた。
ああ、でも。
「2周目、まだクリアしてないのになぁ」
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