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悪夢
「先生こそ、悪い人じゃない?」
君は……誰?
黒い髪は首まで。
白い肌は顔から手の先、足元まで。
「ねぇ、先生。口先の説教は聞き飽きちゃった」
口角を上げた君は机に腰を下ろし、足を組む。
「私が悪い子だって言うなら……」
ひらりとスカートを捲るのがスローモーションで見えたーー。
「ハッ! ハッ……ハッ……」
飛び起きた俺……梅田葉(うめだよう)はピヨピヨと鳴く鳥の声と溢れ出す汗でさっきの出来事は悪い夢だとわかった。
時計を見ると、6時半。
まだ遅刻ではないが、妻ももみもきっとご飯を済ませてしまっただろう。
「どうしよう、今日入学式なのに……」
確かに顔は悪くない。
それなりにはモテるが、誘惑されたのは初めてだ。
「大丈夫、俺は出来る」
自己暗示を掛けたら、少し楽になった。
歯磨きと洗顔、着替えと済ませ、黒のショルダーバッグを肩に掛けて、姿見にスマイルしてから寝室を出た。
リビングに行くと、キッチンで洗い物をしている桃子(ももこ)と床でお絵描きをしている紅葉(もみじ)がいた。
「おはよう、もも」
明るい口調で言い、さっきしたとびっきりのスマイルを見せる。
でも、何事もなかったように洗い物を続ける桃子。
心の中でため息をつく。
今度はもみ。
今年で3歳になるかわいい娘だ。
「おはよ~もみ~~!!」
俺なりにはハイテイションだし、高い声で近づき、こちょこちょをする。
「うきゃ~~!!」
クレヨンを強く掴みながらも、騒ぐもみ。
「パパ、今日もおちごとだからもみと遊べなくてかなしいな。ちゅーしてくれたら、パパ元気出るな」
俺は左頬を人差し指でつつくと、不思議そうに見るもみ。
やっぱり俺に似て、かわいいな。
「じゃあ、パパがもみにちゅーしちゃうぞ!」
ちゅーともみの顔に近づいて、わざとらしくキスの音を2回立てる。
「いや~やぁ~」
恥ずかしそうにして手で抑えようとするから、より燃えて激しくする。
ふと、小さくため息が聞こえ、舌打ちもされた。
お前がしてくれないからだろ。
「もみ、えじょうず! 誰かいてくれたの?」
「パパ、ママ……もみ」
もみはちゃんと指をさして教えてくれたから、思い切り抱きしめてやった。
「じゃあ、パパ行ってくるからね」
頬にちゅーを本当ににしてから立ち上がり、リビングのドアへ向かう。
「今日も遅くなるから」
今度は真剣な顔と低い声で。
でも、反応はなし。
俺はため息を静かに吐いて、家を出た。
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