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「これね、僕からの気持ち」
安くて固いマットレスのベッドに腰をかけて服を着ていた男が、寝そべったままの俺に三枚の一万円札を渡して来た。
「なにそれ?」
「だから、僕からの気持ち。貰っといて。ここってあれでしょう?店長がハネてるんでしょう?」
その日のこの客は、優しくてシツコいセックスが好みで、至って普通のつまらない男だった。いかにもな会社員と言った風体だけど、金払いだけはよかった。
だからそのチップを渡された時、平凡そうに見えるけど有能なヤツなんだろうな、と思った。それと、これ以外に金の使い道が無い寂しい男だ、とも思った。
「ありがと」
「いいよ。修哉くんはお気に入りだから」
にっこり笑う男は人畜無害そうだが、こんなところで男を買っているのだから人は見かけによらない。
「店長に見つからないようにね」
それだけ言うと、男は名残惜しげに一度振り返って、部屋を後にした。
俺はもそもそと起き上がると、備え付けのシャワーで体を綺麗にして、服を着ると濡れた髪を適当にタオルで拭いてから部屋の外へ出た。
一階はいつもの如くそれなりに賑やかで、普通のバーに見えなくもない。この中の何人かは男を買いに来ていて、何人かはただ出会いを求めてやって来ている。
「もう終わり?いいよね、苦労していない人は」
バーのカウンターへ入ると、すれ違いざまに若いキャストがコソッと言った。わかりやすい嫌味だ。ユージとは違って、こっちの嫌味にはトゲがある。
そのキャストは若いのに(若いから、かも)一番の稼ぎ頭で、店長のお気に入りだった。客の選り好みはするけど何人も相手をする。当然店は大儲かりだ。
今時の整った顔に、駆け引きの上手い会話ができてよく気が利く。裏での性格と口の悪さを除けば完璧だ。
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