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☆
ギターの弦というのは、オレが思っていたよりも繊細なようだった。
テレビで時々見る音楽番組で、最近流行りの顔の良いバンドグループが、繊細さとは程遠い激しさで掻き鳴らすギターの弦は、結構よく切れるのだ。
切っても張り直せばまた同じ音がなる。
なんて便利な楽器だ。
オレの頭も、切って繋げて、修正ができればよかったのに。
「ユキさん?ユキさーん?……てんちょーう、またユキさんの充電が切れてまーす」
「一発叩いてやれ。それで元に戻るぞ」
「はーい」
と元気な返事を返し、目の前の小柄な女が片手をあげるのが見えた。
「ヤメロ!また記憶が無くなったらシャレになんねぇだろ!」
「またまた。人間って、日々いろんなこと忘れながら生きてるんですよぉ?叩いたくらいで忘れることなんて、どうせそんなもんなんですよ」
女の言う通りだな、と思った。オレだって昨日の晩飯は、もはや何だったのか思い出せない。
だからって叩かれていいわけじゃない。
「ユキさん、前に話してくれたけど、本当に記憶がないんですか?」
オレを叩こうとした女、マサキが茶色の羽毛が束になったハタキで、整然と並ぶピアノをパタパタしながら言う。
オレも同じく、ハタキでパタパタしている最中だ。
「おう。ここ二年くらいの記憶がまったくない」
「なーんも思い出さないんですか」
「今のところ、なーんも思い出さない」
マサキは小柄で、艶のある黒い髪をボーイッシュなショートにした人懐こい女だ。線の細い顔に、切長なのに大きな瞳がふたつくっついていて唇は薄い。男のような見た目に、いつも黒のTシャツとスキニーを履いているから、さらに中性的に見える。
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