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最初にあった時、めっちゃタイプだ、と漠然と感じた。昔はギャルギャルしい女がタイプだったと記憶しているのに、失った期間に趣味が変わったのだろうかと不思議な気分を味わった。
「それって変な感じですね。タイムスリップしたようなものですよね?」
マサキがジーッとこっちを見つめてくるので、オレは何故か居心地が悪くなって目を逸らした。
黒いピアノの、白く目立つ鍵盤の数でも数えて、視線だけじゃなくて意識も逸らす。
「まあな。テレビ見てたらさ、いつのまにか知らない音楽が流行ってたってのは、あったなぁ」
「本当になんにも思い出せない?」
「うーん」
この半年、思い出せないということに得体の知れない気持ち悪さはあれど不便だと思ったことはなかった。
『あなたは初冬の山から流れる流れの激しい川に落ちて重症を負ったんですよ』と、医者に説明された日の記憶はハッキリしている。
オレは、『なんでそんなバカなことやったんだ?』と聞いた。『ご友人方と揉めていたようで、誤って落下した、と警察の方は仰っていましたよ。ともかく、無事で良かったですね』と言って医者は笑った。
オレに記憶が無いなんて、その時は誰も気付いていなかった。それこそオレも、だ。
その数日後に、オレの病室に来客があった。その人はオレの名前を呼んで、安心したように笑っていたのに、オレは『誰だ?』と聞いた。
記憶が無いとわかったのはその時だった。
「無駄話してないで、掃除してくれるとありがたいんだけどね」
と、店長が言って、オレとマサキは口を閉じた。手を動かすことに集中する。
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