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Return 【寒露】
紅葉は、僕が何も出来なくなっても
こうやって毛布をかけてくれて、
こうやってコーヒーを入れてくれる。
あたたかい。
あたたかいけど、、、
もう、遅いよ。
僕の喉はとうに冷えきってしまった。
声なんて出ない。出るはずがない。
僕は人を不幸にしてしまう。
愛していた両親を己の手で握りつぶし、
愛するべき義両親には愛されもしなかった。
たった1人の弟ですら、もう他人のように、、、、
消えてしまいたい。
明確な意識が芽生えて、
僕はそのまま窓の外へそっと飛び出した。
外はまだ暗い。黒くて固いコンクリートの冷ややかな温度が裸の足を伝って身体をめぐる。
それでも、歩みを止められない。濃いネイビーの空に浮かび上がる北斗七星が僕を呼んでいるような気がした。
引き寄せられるままに海の方へ足が向く。
もっとお星様に近づきたくて、
僕はあの岬を目指し、一歩一歩を踏みしめた。
本来はあってはならない決意。
頭に浮かぶのは、父さんと母さんとさくらの笑顔。僕ももうすぐ、そっちに行くよ。また、やり直せるよね?空の上で。
頂上について少し息を整える。
波が寄せては返す音が耳に心地いい。
ふと、真っ直ぐを見つめると水平線が曖昧に揺らいでいる。
今なら、空と海が鏡写しになっている今なら
出来損ないのカナリアでも飛べるんじゃないだろうか。
世界がまだ微睡みを含んでる間に、
僕も微睡みに溶け込んでしまいたい。
そう、思った時にはもう
手を広げて飛んでいた。
走馬燈というものは本当にあるらしい。
短くて長かった人生の記憶が脳内を疾走する。
最後に思い出すのは......
(なん...で、、、?)
最後の僕の記憶は、
紅葉の弾く『Etupirka』だった。
あたたかい日差しに包まれて、ひとときの幸せをくれるあの演奏。出会った時からいつだって僕の隣にいてくれた紅葉。僕が草臥れた人形のようになってしまっても彼はこんなにも暖かく包んでくれていた。
僕はそれがなにか知っている。
だってずっと焦がれていたもの〈無償の愛〉
それを1番求めていたのに
どうして応えてあげられなかったんだろう。
「ごめんっ......」
ねぇ、紅葉。
ありがとう。
「ばいば........」
大きな水しぶきが上がって
海に溶けた。
Fin.
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