春分

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春分

春。 オレ は大学中を駆け回っていた。 入学式会場を探していた。 探しても探してもどこがどこかわからない。 (もう、間に合わない。どうでもいいや) いつの間にか、大学のほぼ森林に近い庭に来てしまった。周りには誰も居ない。あるのは木と草と花。 そして、ヴァイオリンらしき音が聴こえるだけだった。 上がった息を整えて、音がする方へ向かう。 断片的な音だったのがメロディになり、徐々に大きくなっていく。 (あっ) そこにいたのは男だった。 木漏れ日で輝く金髪。 ヴァイオリンにかけられたしなやか指。 しかし、それとは裏腹にごついピアスと短髪から柄の悪さを感じる。 「あっ。あの、すいませんっ」 男の動きが止まり、伏し目だった男の瞳が オレをとらえた。 (綺麗な緑色の瞳。) 男はすぐにオレから目をそらした。 そして(うつ)を見つめていた。 オレは、その冷たい緑色から目をそらす事が出来なかった。 「道に迷ってしまったのですが、、、」 ヴァイオリンを片付けて 男は黙って歩き出した。 オレも彼の背中を追う。 大きめの背丈に広い背中。ヴァイオリンを弾くにはあまりにもミスマッチな見た目だ。 そんなことを考えていると、男の背中にぶつかった。庭の出口まで出たようだ。 「ありがとうございました、」 オレがそう言って頭を下げると、 男はオレの頭にポンっと手を置いた。 「さっきの場所にはもう近づくな」 そう言って、また生い茂った森の方へ戻っていってしまった。 これが、 オレ 、百瀬 さくら(ももせ さくら) と 逢坂 紅葉 (おおさか こうよう) の出会いだった。 オレはあの日の逢坂が 忘れられなかった。
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