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立夏
徐々に慣れてきた大学生活で
百瀬 さくらは【逢坂 紅葉】の名を知った。
【逢坂 紅葉】はいわゆる 天才ヴァイオリ二スト。
誰も寄せ付けない
孤高な存在らしい。
どう見てもヤンキーとかその類の見た目をしているからか、
そのミステリアスさに女子からの人気が高いだとか。
(孤高の存在ねぇ、、、)
確かに、あの日庭でヴァイオリンを弾いていた逢坂は独りで音を奏でていた。
(孤高というより孤独のほうがあってるな)
そんなことを思いながら、さくらは駅へ向かっていた。
新歓サークルの飲み会に参加していた。
勧められた酒を断る度胸がなかったさくらは、慣れない酒に酔い、ふらふらと駅へ向かっていた。
(俺、お酒に強くないんだなぁ)
全くもって呑気な事を、ぽやぽやとしたあたまで考える。
駅まであともう少しだ、さっさと帰りたい
と思い早歩きをしようとした。
が、足がもつれて上手く歩けない。
その瞬間。 グラッ
(やべぇ。転ぶ!)
ドサッッ//
(痛ぁっ、、、、くない?)
ほんとだったら今頃、コンクリートに身体をぶつけて痛いはずなのに、、、
さくらの身体は誰かの腕に抱かれていた。
咄嗟のことすぎたせいか、それともアルコールが回った頭のせいか
さくらの頭は真っ白で、何が起きたかわからない。
「おい。重いんだけど。いつまで身体あずけてるつもりだよ。」
ぼーっとしていたさくらの頭に、直接語りかけてくるような鋭い声。
「へ?ごめんらさい??」
さくらは身体を支えてくれていた男の腕を掴み立ち直った。
(助けてくれたお礼を言わないと、)
「たすけてくれてぇ、ありがとっ、、うぇ、、なんかっ、キモチワルイ」
「うっ、、、、、うぇ」
「はぁ?大丈夫かよ。ここでは絶対に吐くなよ」
「むりですぅぅぅ。はきそう」
「あ''ぁぁ、もう。ちょっとだけ辛抱しろ」
男は頭をかき、オレの腕を首にまわして運んでくれた。
男はさくらを連れてマンションの中に入っていった。
いつの間にか寝てたみたいだ。
ふかふかなソファの上。ご丁寧にシーツがかけられている。ここは一体どこなんだ。そんなことを考えながら、さくらは身体を起こそうとする。が、違和感に気がついた。
(俺、服着てない)
何故だろうか、上半身の服を着ていない。
ん?足音がする。
ガチャッ。音がして、扉が開いた。
「ようやく起きたのか」
そういい、姿を表した男、
それはあの【逢坂 紅葉】だった。
風呂上がりらしく、水滴を滴らせながら
逢坂はさくらのほうに近づいてくる。
筋肉質な体つき。さくらと違ってなんとも男らしい。
そして、彼の緑の瞳がさくらをじっと見つめ
逃そうとしない。
「いつまでそこで寝てるつもりなんだ」
「ご、ごめんなさいっ」
さくらは飛び起きた。
「と、ところで俺の服はどこですか、、、」
「お前が道中でゲロったから俺の服と一緒に洗ってんだよ」
「そ、そうなのか。ありがとう」
逢坂がニコリともしないからさくらはどうしてもぎこちない会話になってしまう。
しーん、とした空気に耐えられなかったさくらは逢坂との会話を試みた。
「あんた、逢坂紅葉だろ。天才ヴァイオリ二ストの」
逢坂の眉間に皺がよる。
(なんか気に触ること言ったか?)
逢坂は返事すらしてくれない。
「服が乾いたらさっさとここから出ていけ」
逢坂はそれだけ言い残し、別の部屋へ消えていった。
(服が乾くまでここにいていいのか?)
ひとりきりになったさくらは改めて周りを見渡してみることにした。
シンプル。その一言に尽きる。あるのはソファとテーブル。立派な本棚に入ってるのはたった4、5冊の本。生活感のないキッチン。大きめの窓があるものの遮光カーテンで光が差さない。
(ほんとにここで生活してんのかこいつ)
乾燥機の音がしなくなるまで暇なさくらは、
本棚を物色してみることにした。
『鬱病から立ち直る方法』
『心因性失声症とは』
『僕の闘病日記』
『鬱病患者の思考』
鬱病、障害、闘病、、、不穏な響きの言葉ばかり。
(なんでこんなに暗い話題の本ばかりあるんだ?)
さくらには頭の痛くなるような内容の本だ。読む気にもならない。
すると、ヴァイオリンの音が聞こえてきた。きっと逢坂が弾いているのだろう。
ものすごく綺麗な音だ。
繊細で艶やかで、それなのにどこか寂しげ。
初めて逢坂と会った時もそんな雰囲気を感じた。逢坂はいつも何を考えながらヴァイオリンを弾いているのだろうか。
さくらには到底わかりようもない。
ピー ピー ピー
逢坂のヴァイオリンの音をかき消すように音が響いた。
乾燥が終わったようだ。
さくらは、音を頼りに洗面所へ向かい、乾いた自分の服を取り出した。
自分の柔軟剤とは違う匂いが鼻をくすぐった。
(さてと、帰るか)
逢坂はまだヴァイオリンを弾いている。
(邪魔するべきじゃないよなぁ)
さくらはメモを置いてくことにした。
「お世話になりましたありがとう。」
ガチャッ。ガッチャン。
玄関の扉が開いて、そして閉まる音がした。
あの男がようやく帰ったようだ。
逢坂紅葉は、さっきまで男がいたリビングへ向かう。
「お世話になりましたありがとう。」
逢坂紅葉はなぜかイラついていた。
なぜかは本人にもわからない。
ぐしゃあっ。
そして置き手紙を丸めゴミ箱に捨てた。
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