1章 盲目の彼女

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 マメの視界は、水の中で目を開けたときのようにぼんやりとして曖昧だ。色はかろうじてわかるが、目の前にあるものの像をはっきりと結ぶことがマメの視神経にはできない。  左目よりは右目の方がまだ見える。といっても、普通に会話している相手の顔立ちや表情までは見えない。至近距離……それこそ互いの鼻が触れるくらいまで距離を詰めてようやく、なんとなくの顔立ちがわかる程度だ。恵梨にその話をしたとき、「それってキスする距離じゃん!」と笑われた記憶がある。  だから、いま同じ部屋に二人きりになった遠山の顔も、マメには見えない。  恵梨と庸介がいなくなってしまうと、部屋の中は急に静かになり、壁にかけられているらしい時計の音が妙にはっきり聞こえた。  黒い衣服を着ているらしい遠山の姿がぼんやりと見えているが、彼は一言も言葉を発しないので、マメはなんだか落ち着かなかった。沈黙は、庸介だとか親しい人となら心地良いものになるけれど、よく知らない相手とではそうならないらしい。
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