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才能の花
「あの、才能を見てもらえるのはここでしょうか」
エヌ氏の店にひとりの少女があらわれた。おずおずとした態度のなかに、なにか決意のようなものが見える。
「はい、そうですが。なにか御用ですか」
エヌ氏はとくに気を使うでもなく、ほかの客と同じ調子で接した。
「わたしの才能を見てもらいたいのです」
「それは全然かまいません。しかし、なぜ才能を見たいと思ったのです」
エヌ氏が聞く。少女はすこしためらってから答えた。
「じつは、わたしは役者になりたいのです。でも、両親からはひどく反対されていて。それで、わたしに才能があることを示せば、両親も納得してくれるんじゃないかと思ったのです」
「なるほど、そういう事情ですか」エヌ氏が手をあごに当てる。「はじめに断っておきますが、お客さまのおのぞみの答えが出るかは保証できかねますよ。結果はお客さまが受けとめなければいけません」
「そのことはわかっています。それでも頼みたいのです」
「わかりました。では、こちらの部屋にどうぞ」
エヌ氏が店の奥の部屋に少女を案内する。そこは机とソファだけがある質素な部屋だった。唯一例外があるとすれば、壁に飾られた写真の数々だ。
「あの、この花の写真は」
少女が部屋の壁を眺めてあっけにとられる。豪華絢爛な花がその存在感を存分に知らしめていた。
「ここで鑑定したかたの写真です。この店の仕組みはご存じですか」
「ええ、才能があるかどうか、種を育てて、咲いた花の具合で判別するのでしょう」
「そのとおりです。こちらに飾られているのは、花ひらいた才能というわけです」
「すごいわ。こんな立派な花が咲くのね」
少女が色あざやかな花に見とれる。カラフルな花を大量に咲かせているものもあれば、大きな一輪の花が堂々と咲きほこっているものもある。どれもひとの目を引く写真ばかりだった。
「この写真はだれの花なのです。ああ、そのとなりの花もきれいだわ。これも気になります」
少女が矢継ぎばやに質問する。エヌ氏はその質問のひとつひとつにていねいに答えていった。
「すごいわ。みな聞いたことのある名前ばかり。やっぱりそういうひとは才能があるのね」
少女がひどく感心する。部屋にある花の写真はだれもが耳にしたことのある有名人ばかりだ。
「あなたにもこれらのひとびとに負けない才能があるかもしれません」
「そうかしら。本当にわたしに才能があるかしら」
「いまからたしかめてみましょう」
エヌ氏は少女の才能をたしかめる準備をはじめた。となりの部屋からあらかじめ土の入った植木鉢と、なんの変哲もない小さな種、それと小型のナイフとガーゼを持ってくる。それらを机の上に置いて、少女に着席をうながした。
エヌ氏は小さな種を手のひらに乗せ、少女に見せた。
「これが才能の種です。この種を育てることによって、そのひとの才能がわかるのです」
「思ったよりも小粒なものなんですね」
「ええ、だれもが最初はこのようなものです。それを育てることによって花が咲くのです」
説明を終えたエヌ氏が、種をガーゼの上に置く。少女は種をじっと見つめていた。祈るような心境なのだろう。
「では、この種にあなたの才能を映します。やりかたはご存じですか」
「ええ、なんとなく聞いていますけど、本当にやるのですか」
「そうしないと、才能を見ることはできないのです。まあ、無理強いはしません。異常といえば異常な方法ですからね」
エヌ氏が少女を見る。すこしの間があったあと、少女は覚悟を決めたようにうなずいた。
「わかりました。やります」
「では、このナイフをどうぞ。あなたの血をこの種に垂らすことで、才能の種は完成します」
少女は無言でナイフを受けとった。持ったナイフの刃先が震えている。少女は何回か深く呼吸をした末、指へナイフを押しつけた。そのまま迷いを振りきるように一気にナイフを引いた。少女の指から、真っ赤な血がしたたる。
「よろしいでしょう。その血を種に与えてください」
少女は黙ったまま、エヌ氏の指示に従う。しゃべる余裕もないのだろう。じっと指先を見つめている。血のしずくが種に流れ落ちた。種の色がほんのり赤色を帯びる。
「はい、十分です」
エヌ氏がガーゼごと種を持ちあげる。それを少女の前へ差しだした。
「どうぞ、この種を植えてください」
「この植木鉢へ植えるのですか」
まだ緊張が覚めていないのだろう、少女が片手にナイフを持ったまま聞く。エヌ氏はそんな異様な光景を指摘することもなく、話を進める。
「ええ、そうです。ただ埋めるだけでよいのです。さあ、どうぞ」
エヌ氏がうながす。少女は両手で種を持とうとして、ようやく持ったままのナイフに気がついた。用がなくなったナイフをテーブルへ置き、あらためて種を手に取る。宝石を持つように、ていねいな手つきだった。
「これを植えればいいのですか」
「はい、そうです」
少女がおそるおそる種を鉢のなかへ埋める。その上にやさしく土をかぶせた。
「はい、けっこうです。これで終わりです」
エヌ氏の声に、少女がほっと息をつく。抱えていた重荷が取れたような表情をしていた。
「あとは数日待てば、花が咲くはずです」
「あの、かならず花は咲くのでしょうか」
「ええ、咲きます。ただし、どんな花が咲くかはわたしにもわかりません。くり返しになりますが、結果は変えられません。あなたは受けいれるしかないのです」
「それは、よくわかっています」
少女が祈るようなしぐさを見せた。
「これですべての作業は終了です。お疲れさまでした」
エヌ氏が種の植わった鉢を少女に渡す。少女は「ありがとうございました」と一礼して、店を去っていった。
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